オリビア・オブライアンの人生【後編】
夫人がお披露目された夜会の翌日。
公爵の行動は早かった。夫人を虐げてきた伯爵家への支援を縮小したのだ。なぜ打ち切りではなく縮小なのか、尋ねた人物に対して公爵はこう答えたらしい。
「オリビアを長年傷つけてきたのだ。あいつらも同じ苦しみを味あわせないと気が済まん。」
生かさず殺さず、死んだ方がマシだと殺してくれと喚いても必ず生かし続ける。監視をつけ、最低限なんとか生きていけるだけの食糧と、平民より惨めな生活を私が死ぬ時まで送らせてやる。瞳に狂気を宿し、当たり前のように言ってのけた公爵にその人物は身震いをした。愛は人をここまで変えてしまうのか、これほどまでに狂わせるのか。
夫人は涙を溢れさせ、今は幸せだから何もしなくてもよいと訴えたらしい。しかし、公爵は止まることはなかった。
可憐で美しく心優しい公爵夫人、本当にそれだけなのか。そう言葉にしようとしたが、ゆっくりと、胸に秘めるように飲み込んだ。
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公爵とオリビアの仲睦まじい姿は至る所で目撃され始めた。貴族街の宝飾店や公爵御用達のレストラン、オリビアが招待された茶会には行きも帰りも必ず公爵が迎えにきた。
あれだけ仕事人間であったはずの公爵が休暇を取り、海の見える異国情緒溢れる貿易港で珍しいものを見て回り、氷像が有名な雪深い隣国では手を繋ぎ二人で身を寄せ赤く染まった頬を笑い合い、公爵領の広い野原を一緒に馬で駆けた。
オリビアは折に触れ、公爵に感謝を伝えた。
「ディートリヒ様、わたくしは幸せでございます。」
この世の春とばかりに浮かれる公爵を時に嗜めたりしたがオリビアは公爵の全てを受け入れ、幸せそうに少し恥ずかしそうに笑っていた。
二年、三年と周囲が目を覆い隠してしまうほど仲睦まじく過ごしていたが、結婚した四年目の春、少しずつ歯車が狂っていく。
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小さな綻びは、オリビアが複数人の小間使いの少年を雇い始めてからだ。孤児で貧窮している彼らを自分と重ね、不憫に思い簡単なお使いを頼むようになった。
「これで本を買ってきてちょうだい。」
そう言って薄汚れた手に本代より少し多い銅貨七枚を握らせる。
「慰問に行くので孤児院に案内して?」
孤児院で配るものとは別に、案内を頼んだ孤児のために日持ちする食べ物を持たせた。
「お花を摘んできてくれる?」
庭師に見せるようにと花の種類が書かれた紙を渡し、戻ってきたら煎じて飲むようにと咳の止まらない子に薬を渡した。
なんと慈悲深いのだろう、公爵も含め屋敷のものは皆そう思っていた。実をいうとオリビアとの時間が僅かに減り公爵は拗ねてはいたが、可愛い人ね、とオリビアに言われると、これも恋愛におけるスパイスかと思い笑い合った。
小間使いの少年たちが出入りして間もなく、少し気になる少年が頻繁に公爵家の屋敷に出入りするようになる。帽子から僅かに見える亜麻色の髪に湖畔のような澄んだ水色の瞳、顔には大きく爛れた火傷のような痕があった。小間使いの少年達の中で、一際異質で不気味で使用人たちも小間使いの少年たちも近づかなかった。
使用人たちが出入りを禁止した方がよいと進言しても、あの子は可哀想な子なの、あの子は私によく似てると庇い立てる。公爵の耳にも入るとオリビアを諭そうとするが膝を付いて涙を流し懇願したものだからそれ以上は何も言えなかった。
少年が出入りすればするほど、オリビアは部屋に籠るようになった。誰も中には入れさせない。侍女のマーガレットも公爵も。なので、不穏な噂が流れ始めたのは必然だった。あの少年がオリビアに毒を仕込んではないのかと。噂を信じた下働きの男たちが少年を捕まえて懲らしめようとしたが、少年は身軽で頭も回るのか彼らには捕まらなかった。
そんなことがあったため、少年も嫌気が差したのかしばらくの間は見かけなかったが人の目を盗んでいただけだった。
そして、まもなく結婚して五年目に差し掛かろうとしたある日、事件が起こる。オリビアの部屋に火が放たれたのだ。
勢いよく立ち上る黒々とした煙と橙の炎、焦げた臭い。オリビア・オブライアンの全てが禍々しい炎に飲み込まれていく。使用人たちは必死に火を消そうとするが簡単には消えてくれない。オリビア様、オリビア様と悲鳴のように名前を呼ばれながらオリビアは思った。
ああ、オリビア・オブライアンはここで死ぬのだ。
オリビアは、小さく笑った。
「それでは皆様、さようなら。」




