オリビア・オブライアンの人生【中編-3】
「何をしに来た、お前の相手をしている暇はない。」
そう突き放すように言われてもオリビアは引かなかった。マーガレットから作品を受け取り、公爵の前に差し出す。
「こちらが解決の糸口になるかと。」
マーガレットの手にある皿は王国のものではない柄だった。縁取りは薄い藍色に彩られ中央には三羽の獰猛な鷹が睨みを利かせている。躍動感のある絵付けだがさして珍しいものではない。だが、少し様相が違う。まるで稲妻のような模様がいくつか、後で付け加えたように描かれていたのだ。
「こちら、金継ぎという技法にございます。」
オリビアはそう告げると金継ぎされた部分を細く白い指でなぞる。その動作は優雅でどことなく色香を帯びていた。
「金の産出が豊富なダルニス共和連邦のものです。」
「ダルニス?海の向こうのか?」
オリビアは肯定するように微笑むと公爵は引ったくるように皿を手に取った。金が練り込まれているのか稲妻は上品に光り輝いている。
「素晴らしいとは思うが、こんなものでは代わりにならん。」
公爵は少し乱暴にオリビアに皿を押し付けると苛立った様子で背を向けた。オリビアは落とさぬよう胸に抱えると目を細め、口角をゆっくりと上げた。
「いいえ、公爵様。割れた花器を金継ぎで修復するのです。」
「壊れ直したものを王家に献上しろというのかっ!」
勢いよく振り返った公爵は蔑みと憤怒の表情をオリビアに向けた。オリビアは怯むことなく変わらず笑みを浮かべている。
「これは王国を模したものです。」
意味の分からないことを言い始めたオリビアは声を荒げようとした公爵を手で制した。
「王国は幾度となく危機に瀕し、存続を危ぶまれましたがその度に王家は、民を、貴族をまとめ更なる発展に導いてまいりました。」
胸に抱いていた皿を眺めると笑みを深め、公爵の目を真っ直ぐと見つめた。
「この花器は王家そのものです。」
金継ぎの部分を見せるように皿を傾けた。
「バラバラになってしまった花器を金で継ぎ、再生し、新たな形になりながらも更に価値を高める。素晴らしい王家そのものなのです。」
みなオリビアの言葉に聞き入り、じっとことの成り行きを見守っている。まるで舞台を観ているかのような、そんな気分にさせる。堂々たる語り口は始めから花器はそうなるべきであるかのようだった。
「これは、この世に一つとしてない。唯一無二、王家のためだけに存在するものでございます。」
皿を持ったまま、オリビアはスカートを摘み頭を下げた。カーテンコール、そう思わせてしまうほど優雅で拍手があっても不思議ではない、そんな雰囲気があった。
「そう仰せになれば宜しいかと。」
いかがでしょうか?と言うように首を傾げると可憐に微笑んだ。公爵は言葉を失い口を手で覆い、視線を忙しなく動かしている。しばらくして、口を覆っていた手をスライドさせそのまま髪をかき上げた。
「職人は?」
「応接間におります。」
公爵はオリビアの横を通り抜け、足早に部屋を出ていく。慌てて執事が追いかけ後に続くと、オリビアは駆けるように遠ざかる足音に耳を澄ませていた。
「マーガレット、戻りましょう。」
そういうと、静々と部屋へ戻っていった。
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一ヶ月後の夜更け。
オリビアは静まり返る部屋でソファに腰掛け、本を読んでいた。ページを捲る音だけが聞こえ、時折、考え込むように唇を触る。もうそろそろ寝ようか、と本を閉じたがなんだか外が騒がしい。様子を伺うために扉に近づくと扉が勢いよく開けられた。息を切らした公爵がオリビアを見下ろしている。扉の外にいたマーガレットは公爵を止めようとしたのか、申し訳なさそうに眉を下げていた。
公爵に声を掛けようとした瞬間、抱きしめられた。あまりのことに目を白黒させると体が離れた。
「良くやった、オリビア!」
その言葉で全て上手くいったのだと悟った。
「それはようございました。」
頬を綻ばせて笑うさまはまるで春の妖精のようだった。
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その出来事から公爵と過ごす時間が少しずつ長くなった。始めは朝食を二人で、しばらくすると夕食も共にするようになった。最初の頃は公爵領の特産の話や外交の話、隣国との情勢についておおよそ夫婦とは思えない会話が続いたが、次第に好きな本について、庭園で咲いた花や初めて馬に触れたこと、お互いのことを話し始めた。
公爵が丸一日、オリビアのために時間を作り共に過ごした日の最後。オリビアは公爵を部屋に招き、マーガレットを下がらせると手ずから紅茶を淹れた。ソファに向かい合うように座るとオリビアは頭を下げた。結婚してくれたこと、生活を保障してくれたこと、教養を身に付けるための許可と資金のこと、感謝を述べた。
「わたくし、今までの人生の中で一番幸せです。」
微笑みながら、頬を伝う涙はとても美しかった。公爵はオリビアの隣に座り直すと指で涙を拭う。湖畔のような澄んだ水色が公爵を捉えた。
「私も、幸せだ。」
公爵の言葉にオリビアは息を飲んだ。公爵が恥ずかしげに頬を掻く姿に、オリビアは笑ってしまった。楽しそうに笑うオリビアに公爵もつられて笑う。
その日から、公爵の溺愛が始まったのだ。




