オリビア・オブライアンの人生【中編-2】
翌朝、小さな白パンと野菜を少し食べるとオリビアは侍女を通じて医師を呼んでもらった。
人に体を見せるのが怖いことを告げると見えている範囲で触診してもらう。オリビアは今までの生活状況を伝えて、胃の負担にならず栄養が補える食事のレシピや肌の炎症を抑える塗り薬、そして薬湯を数種類、処方してもらう。食事のレシピは侍女に渡し、今日の昼から食べられるようにお願いした。
次は家令との話し合いである。彼を部屋に呼びよせるとオリビアが使える予算はあるか尋ねた。ほんの僅か、家令の眉が動いたが何事もなかったように金額を伝えられるとオリビアはマナーの講師を招きたいと願った。公爵様が不快にならない程度には身につけたい、と。思ってもみない言葉に家令は一瞬固まるもすぐさま、頭を下げた。
「かしこまりました、奥様。」
たぶん公爵の耳にも入るだろう、もしかしたら拒まれるかもしれない。そう不安を胸に二日過ごしていると公爵からの許可が出て、息を吐いた。なるべく早く始めたいと願えば翌日からマナーレッスンが始まった。
痩せ細り体力のないオリビアには中々に辛いレッスンだった。カーテシー一つとして体を支えきれず上半身が揺れる。フォークとナイフも長時間持つことさえ難しかった。
しかし、オリビアは諦めずにゆっくりとしかし着実にマナーを身につけていく。よく食べ、体力をつけるために庭園を散歩し、復習する。空いている時間は一分一秒無駄にはしなかった。
ある程度、一通り出来るようになると再び家令に申し出た。マナーだけではなく勉強もしたいと。ここ最近のオリビアを見ていたのか、今度は驚くことはなく頭を下げた。
「かしこまりました、オリビア様。」
しかし、講師は家令が務め、簡単な綴りや計算のテストを行うと家令は満足そうに頷いた。
「書取りの練習をしながらまずは公爵家のことから勉強してまいりましょう。」
彼はオリビアの力量を測り、無理のないスケジュールを組んでくれた。マナーレッスンを継続しながら公爵家の事を学んでいく。公爵家の成り立ちや歴代当主の名前、公爵領の位置や産業・特産、それだけではなくオリビアの質問から派生した簡単な投資の話まで。貪欲に知識を貪るオリビア。そして一度覚えたことは忘れない。家令はオリビアの知能の高さに舌を巻いた。
そうして過ごすうちに少しずつ肌艶が良くなり、体もふっくらと肉付きが良くなってきた。数ヶ月で身につけたとは思えないほど体に染み付いた優雅なマナーに、家令と同等、いやそれ以上の知識と話術で使用人たちの相談にも乗るようになっていた。刃物が怖いと避けていたが、周りの人間にも慣れ髪に鋏を入れてもらうことになった。潤いがある綺麗な髪を毛先から少しずつ少しずつ整えていく。侍女はオリビアの震える手を優しく握ると、オリビアは安心したように微笑んだ。
通常より倍の時間を掛けていく。最後に前髪に鋏を入れると皆が息を飲んだ。爛れて赤くなっていた肌はしっとりと白く、可愛らしいアーモンドのような目。そして、湖畔のような澄んだ水色の瞳。その美しさに皆がみな、言葉を忘れた。オリビアは反応を示さない使用人たちに不安になった。
「似合うかしら?」
そう鈴の音のような声で尋ねると、もちろんです!と口々にオリビアを讃えた。オリビアはその勢いに圧倒されてしまうも、嬉しそうに小さく微笑んだ。
美しくなったオリビアはそれでも慢心はしなかった。マナーも座学も体力作りも、手を抜かず全てを継続した。半年を過ぎた頃にはもう教えることはないと言わしめるほどの完璧な令嬢となっていた。
そして、公爵との仲も変化する出来事が起きた。ことの発端は王家主催の夜会で献上するために取り寄せた珍しい花器が輸送の際に割れてしまったのだ。屋敷内は慌ただしく、部屋で大人しく学んでいたオリビアのにも耳に入るほどの混乱ぶりだった。侍女に詳細を調べさせ、話を聞くとオリビアは考え込むが、侍女はじっとオリビアが口を開くまで待ち続けた。何事かを思いつくとオリビアは紙にペンを走らせたあと、顔を上げた。
「マーガレット、ここに書いてある方を連れてきてちょうだい。必ず作品も忘れずに持ってくるように言付けて。」
侍女マーガレットに紙を渡すと、マーガレットは頷き音を立てずに素早くその場を辞した。一時間後、マーガレットとオリビア、身を縮こまらせた目的の人物である職人ロブが公爵家の応接間で相対していた。ローテーブルの上にはロブの作品が並ぶ。手に取り、それらを眺めるとオリビアは確信したように頷いた。
「公爵様に会いに行きましょう。先触れ出すと断られる可能性がありますので、直接。」
そう告げるとマーガレットはロブにこのまま留まるように言うと作品を持ってオリビアの後に続いた。
公爵の執務室の前。重厚な扉の外側からでも騒ぎの大きさが分かる。ノックを三回すると執事が扉を開け、オリビアの姿にぎょっとした。
「急ぎ、公爵様とお話したいことが。」
執事の静止を振り切り、執務室の中に初めて足を踏み入れる。突如、訪れた乱入者に公爵は睨みつけるもすぐに惚けてしまった。
「公爵様、突然の訪問、申し訳ございません。」
上半身がブレることのない、見事なカーテシーを披露した。
「オリビア、なのか。」
「左様にございます。」
これが二度目の会話だった。




