オリビア・オブライアンの人生【中編-1】
オリビアはただただぼんやりとしていた。いつの間にか公爵は部屋からいなくなっており、侍女が再び扉の前にいた。あんなに輝いていた部屋は陽が落ちるとともにゆっくりと、薄暗くなっていった。
夕食時、食堂に向かうも真っ白なテーブルクロスが敷かれている長いテーブルには一人分のカトラリーしか準備されていなかった。侍女に公爵の所在を尋ねると首を横に振られた。オリビアはポツンと寂しげにセッティングされている席に付こうとすると、使用人に椅子を引かれた。挙動不審になりながらも腰を下ろすとオリビアのタイミングに合わせて椅子を押してくれた。
オリビアが辺りを見回していると椅子を引いてくれた使用人とは別の人間が縁取りが金に輝いているお皿を持ってきた。オリビアの目の前に置かれた皿には色とりどりの野菜と海鮮が一口ずつ、まるで絵画のように盛り付けられている。オリビアはそれをみると、ほおっと蕩けるようなため息をついた。こんな綺麗な食べ物を見たことがなかったからだ。
しかし、オリビアは戸惑った。お皿の横には何種類ものナイフ・フォーク・スプーンが並べてあり、どれを使えばいいのか分からなかったからだ。手をカトラリーの上で漂わせていると侍女がオリビアの耳元で囁いた。
「お好きにお食べください。」
その言葉に、オリビアは頷くと一番手に馴染むだろう大きさのフォークを手に取る。なるべく崩さないように、野菜を刺すと慎重に口に運んだ。
伯爵令嬢だった時の食事はない場合が多く、あったとしてもカチカチの黒パンに水のようなスープ。だからか、あまりの強い味にオリビアは咳き込んだ。侍女は落ち着いた様子で水が入ったグラスを差し出す。オリビアはそれを受け取ると煽るように喉を鳴らしながら飲んでいく。全て飲み干すと、息を吐き口を手の甲で拭った。
はたと我に帰ると顔を真っ赤にしグラスをテーブルに置く。恥ずかしくて顔を上げることが出来ない。貴族はあんな風に口を拭わないからだ。ぷるぷると羞恥に震えていると使用人が皿を下げていく。あ、と小さく声を漏らしたオリビアに侍女が言う。
「食べやすいパンをお持ちします。」
その言葉にオリビアは胸を撫で下ろした。食事を取り上げられたわけではなかったので安心したからだ。少しして、小さな白パンが二つのった皿がオリビアの目の前に置かれる。それを見て、ぱぁっと表情を明るくした。いつも食べていた黒パンではなく、母と昔、誕生日のお祝いに食べた白パンにそっくりだったからである。
骨ばった手でそれを包み込む様に持ち上げると小さな口で齧り付いた。ほんのりと口の中に広がる小麦の甘みは、母と一緒に食べたそれより何倍も美味しくて、柔らかくて。一生懸命に口を動かしながら無心で食べた。ぺろりと二つ、食べてしまうとオリビアのお腹はそれだけで満たされた。
「お部屋にお戻りになりますか?」
そう侍女に尋ねられると、小さく頷いた。座った時と同じように椅子を引いてもらうと侍女の後をついて行き部屋へと戻った。
しばらくソファでぼぅっとしていたが、侍女に浴室の準備が出来たと言われ立ち上がり浴室の扉を開けた。もくもくと浴槽から湯気が上がっていた。
「お手伝いいたします。」
そう言われて、ドレスに手をかけられると慌てて首を横に振った。体を見られることに慣れていないし、見られたくなかったからだ。どうにか侍女を説得し、ワゴンに並べられていた石鹸や香油、クリームの使い方を教えてもらい出て行ってもらった。
ドレスを脱ぎ、結っていた紙を解くと湯気の上がった浴槽にゆっくりと足をつける。足から伝わる温かさにこの時初めて力が抜けた。布で石鹸を泡立てると体を少し強めに擦っていく。伯爵家で身綺麗にされたとはいえ、体にこびりついた垢までは落としきれない。でも、部屋を汚すことは忍びなく少しでも綺麗にしようと懸命に擦った。頭もたっぷりのお湯で濡らし、櫛でフケを落とすように何度も何度も梳くとこれまたたっぷりの泡で髪の毛を洗った。そうして一通り体を綺麗にすると、浴槽に浸りながら呟いた。
「できることを頑張ろう。」
母譲りなのは容姿だけではない。あの、どんな時でも前を向く力強さは母に似たのだ。ゆっくりと自分の腹部を指でなぞるとそのまま強く拳を握る。生命力溢れる目で前を、そして未来を見据えていた。




