マルク・ステードの人生【中編-28】
「絶望の先は、誰も知りません。」
ロベーヌ神父は俺の肩を抱いたまま俺の片頬を包み込む。すこし低い体温は熱った頬を冷ましてくれる。矛盾する言葉に眉を寄せる。それに気がついたのかロベーヌ神父は小さく微笑んだ。
「絶望の先は人それぞれだからです。」
俺から視線を外すと彼は前を向いた。その視線は目の前に飾ってある風景絵に向けられているようだった。何の変哲もない、赤い小さな家と麦畑が広がっているそんな小さな絵。
「絶望の果てに死ぬ者はいます。」
ロベーヌ神父の柔らかい声が落ちてくる。その言葉は今の俺を指しているんだろうか。確かに何もかも分からなくなってしまった今、死んでしまってもいいかとも思っている。母さんが俺を愛していたか、分からなくなったから。
「あなたのように復讐に燃えて、燃え尽きて散った者も。」
今、俺が復讐を選んだところでそれを成し遂げられるとは思えない。まるで身体中の糸が切れてしまったようだから。今だって、力が入らずにロベーヌ神父に支えてもらっているのに。
「逆に希望を持って生き抜く者もいます。」
彼は先ほどの絵を見つめている。その顔は僅かに頬が染まり、眩しいものを見るように目を細めている。誰を想っているのかは一目瞭然だが、俺には希望を持っていたようには思えなかった。
「どちらを取るかはその人次第です。」
ロベーヌ神父はまるで、俺はソレを知らないけど、まるで家族想いの父親のような顔をして俺を見つめている。俺がいなかった未来には、この人と母さんが結ばれていたのかもしれない。
「あなたもよく考えなさい。」
体を完全に起こされると、俺の体を気遣いながら立たせ椅子に座らせられた。軽々と俺を支えていた姿に、肉体労働者ではない細い腕だがそれでもこの人は男なんだなと思った。それが少し、惨めに思えた。
「何を選び取るかを。」
選び取る?俺に選択肢があるんだろうか。俺の手には希望というキラキラと輝くものを手にする資格はあるんだろうか。じっと土で汚れながらも荒れのないふっくらとした手のひらを見つめた。
「それでも地獄へ行くと言うなら、私もお付き合いしますよ。」
自分の耳を疑ってしまった。恐る恐る顔を上げるとこちらを見下ろしているその顔は微笑みを浮かべてはいるが、覚悟を決めた顔だった。
「憲兵にあなたをお預かりしていると伝えてきます。迎えが来るでしょうから、顔と洋服の土を払っておきなさい。」
肩を優しく叩かれると、ロベーヌ神父はそのまま裏口から出て行った。
俺は、ふらついた足で水瓶に近づくと水面に映った自分の顔を見た。綺麗な亜麻色の髪の毛、白く陶器のような肌に湖畔のように澄んだ水色の瞳の綺麗な女の子。俺は、マルクの顔はどんな顔だった?




