マルク・ステードの人生【中編-27】
ルナリス神は何も答えてはくれない。
教会なのに、最もルナリス神に近い場所なのに気配すら感じない。
俺は力が抜けた体を折り曲げて、地面に額を付けて、声を上げて泣くことしか、ただそれだけしか出来なかった。
祈りのように、懺悔のように。
俺はどうしてこんな目に遭っているんだ?
どこから間違えた?
公爵家に嫁入りした時に事情を話せば良かったか?
いいや、その時点で殺されてた。
じゃあ、伯爵家で生活していた時に逃げ出せたなら?
逃げおおせたとしても、生きる術がないガキなんて簡単に死んでしまう。
じゃあ、伯爵家のやつが母さんと暮らしていた家に来た時?
俺が逃げたら、俺はおろかあそこに居たマリー達も皆殺しにされていた。
じゃあどこから?
俺が産まれた時から?
そこから間違いなのか?
絶望で涙が止まった。
ああ、そうか。
俺が不幸の全ての基点だ。
母さんの、俺自身の不幸の基点。
産み落とされたその瞬間から、神に見放されたから、だからこんなに不幸なんだ辛いんだ。
笑けてくる。分かっていたはずなのに、俺が産まれて母さんが苦労していたことなんて。ただただ母さんが笑ってくれるから、抱きしめてくれるから、大好きだと言ってくれるから、母さんは俺を愛してくれていると思ってた。
でも、それが見せかけだったら?
俺が公爵の前で演じているように、母さんも良い母親を演じていたら?
俺は、一体何を見ていたのだろうか。
「マルク、マルクっ。」
ロベーヌ神父が俺の肩を掴み体を起こした。そして俺の顔を見て、顔を歪ませ深く後悔の念を浮かべた表情をしていた。
「申し訳ありません、マルク。私も冷静ではなかった。」
俺の体を支える手に力がこもったのを感じた。肌に指が食い込むのを感じたが痛みは感じなかった。
「あなたを追い詰めるつもりはありませんでした。ただ気づいて欲しかっただけなんです。」
何を?俺が産まれちゃいけなかったってことを?
「私やマリー、サラ、誰しも罪を抱えて生きていることを。」
罪?俺より罪深い人間がいるの?人間に型どられただけの俺より?
「だから、あなたも辛い苦しいと泣き叫んでもいいということを。」
「助けてくれる人もいないのに?」
ロベーヌ神父は一瞬、固まった。でもすぐに、鋭く真っ直ぐな瞳が俺を射抜いた。
「そうです。」
なんだか顔が動いてない気がする。鼻で笑ってやりたいのに出来ない。
ロベーヌ神父は細いと思っていた腕で俺の体を支えながら土で汚れた俺の額を拭った。
「それじゃあ泣き損じゃないか。水分が勿体無い。」
頬に残る無数の涙の痕を指で丁寧に拭われていく。あの頃と違い、柔らかくきめ細やかになった俺の肌は敏感にロベーヌ神父の荒れた指先を感じた。
「でも、気持ちの整理は今よりずっとつけられる。物事を多角面から考えられる冷静さを取り戻せる。」
「綺麗事だ。絶望しか残らない。」
そこでロベーヌ神父は微笑んだ。
「それはまだ、あなたが絶望のその先を知らないからですよ。」
絶望の先?絶望の先なんて、待っているのは地獄だけだろ。




