マルク・ステードの人生【中編-26】
身体・精神的な苦痛に関する描写が含まれています。苦手な方はご注意ください。
ロベーヌ神父を掴んでいた腕が、まるで鉛を持たされたみたいに重くなった。だらりと腕が下がり、動かない。動けない。
ロベーヌ神父の目は、俺を責めることなくただただ哀れな子供を見ているようだった。
そんな目で見ないでくれ。俺は可哀想な子供なんかじゃない。俺は、母さんの名誉を、尊厳を、守るために生きてきたんだ。ただそれだけのために生きてきたんだ。自分のためじゃない、母さんのために。俺は、俺は。
涙がじわりと滲み、とめどなく溢れ出してくる。違う、そんなことないと否定したい。けれど声が出ない。ただただ声にもならない音が、喉の震えた音しか出てこなかった。
膝が地面についた。足も重く、体を支えることが出来なかった。
俺は男だ。男だから強くならなきゃいけない。だから戦わなきゃいけない。か弱い存在のために、虐げられた存在のために。だから、自分の欲望のためだけに性の吐口にし、自分の保身のために無惨に殺した伯爵家を、女と言うだけで売女と決めつけ、馬鹿だと蔑んだ公爵を許してはいけないんだ男として。
じゃないと、俺は。
「俺は、どうやって男だと証明すればいいんだ。」
やっと絞り出した声は、まるで子供のような女のような高さだった。
「去勢されて、犬畜生のように、女のように、扱われて辛い、悲しいなんて自覚してしまったら、男の俺はどう自分を保てばいい。」
あの下半身が灼かれるような痛みを、終わることのなかった苦痛も今でも覚えている。酒精に漬けられた自分のモノを見せられた時の絶望も。
人としての最低限以下の生活を強いられて、骨と皮になって、生きているのが辛かった。楽になりたかった。
公爵家に足を踏み入れた時に感じた周りからの蔑視も、冷めた態度も、温かみをまったく感じない空間も一人じゃ怖かった。逃げたかった。助けて欲しかった。
「母さんのためだと思わなきゃ、母さんのためにこの苦境を受け入れているんだと思わなきゃ、男でも女でもない俺は、生きていけなかった。」
涙と共にとめどなく言葉が溢れ出してくる。今まで考えないようにしていたことを、口に出さないようにしていたことを。
自分でも何を言っているのか分からない、支離滅裂なのもわかっている。考える前に、思う前に勝手に口を突いて出てくる。止められない、止まらなかった。
ねぇ、慈愛の神ルナリス。自分の子をダナとリュートに切り裂いて二つの性を生み出した繁殖の神ルナリス。ダナとリュートの子孫である人間を見守る繁栄の神ルナリス。
ダナとリュートの子孫であるにも関わらず、性別がない俺は何者なんだ?
利己的で、繁殖することもない、繁栄ももたらせない俺はなんのために生まれてきたんだ?




