マルク・ステードの人生【中編-25】
「あんな奴を知ってどうする。」
思ってもみない言葉に頭をガツンと殴られた気分だった。極めて冷静にいようとしたが、馬鹿にするように鼻で笑ってしまった。ロベーヌ神父を見ると固く握られていた指はいつの間にか解かれ、テーブルの上に置かれていた。
「あなたの知らない苦悩や苦痛が公爵様にもあったかもしれない。」
お綺麗事の説教に反吐が出る。だからなんだ。
「それなら侮蔑してもいいということか?」
首を横に振り、ロベーヌ神父は俺の顔を見た。母さんによく似た美しい顔が醜く歪んでいるのが耐えられないんだろう、今にも泣きそうな顔をしている。
「そうは言っていません。」
だったら何が言いたいんだ。拳を握ったり解いたりを繰り返しながら、これ以上は聞きたくはなかった。
「過去に何かあったから、そのような発言に繋がったかもしれない。」
そんなの俺には関係ないだろ。だからなんだ。
「女性で嫌な思いをしたのかも、」
女で嫌な思いをした?だから下に見てもいいと?売女だ馬鹿だと罵っていいと?貴族でなければ人ではないと?だからなんだっ!
「そんなこと、俺の知ったことかっ!」
鈍い音と共に拳に痛みが走る。
「あいつだって、俺のことを知ろうともしない!いや、俺が伯爵家でどんな扱いか知っていたくせに、俺を買ったと!躾がされていると!犬畜生のように言ったんだぞ!」
何度も何度も何度も。拳でテーブルを殴りながら、あの屈辱を思い出す。あの蔑んだ目を思い出す。煮えたぎる湯の様に沸々と何かが湧き上がってくる。
「そんな奴に復讐してやりたいと、痛い目を見せてやりたいと思うことがそんなにおかしいことかっ⁉︎間違っていると⁉︎」
ロベーヌ神父の胸ぐらを掴み、何度も揺らした。頭が、喉が、体が、湯気が出そうなほど、熱い、苦しい。俺は間違っていない。絶対に間違っていない。母さんを侮辱した奴らに復讐しなきゃ気が済まない。
「あなたが怒りを感じているのはわかります。でもそれはサラを屈辱されたからだけではないはずです。」
違う。それは違う。俺は母さんが、母さんの名誉のために復讐するんだ。違う。絶対に違う。だから言うな。これ以上は絶対に口にするな。聞きたくない。
ロベーヌ神父の唇がゆっくりと動く。俺の中の一秒と世界の一秒が異なるようにゆっくりと。
「マルク、君自身が公爵に蔑ろにされたから怒っているのですよ。」




