マルク・ステードの人生【中編-23】
ロベーヌ神父はしばらくそのまま動かなかった。祈っているのだろうか、ルナリス神に。それとも御許に招かれた母さんに。震える手は何を思っているのだろうか。母さんと俺を守れなかったことの後悔か、それとも自身への怒りか。
手の甲から額が僅かに離れ、パサついた赤髪の隙間から目が見えた。赤みの強いブラウン色のその瞳は揺れているも、俺の目をしっかりと捉えていた。
手を握られたまま、ロベーヌ神父は立ち上がると穏やかな笑みを浮かべて俺を見ている。
「大きくなりましたね、マルク。」
握られた手から僅かに力が込められたのを感じ取れた。
「もう十七だからね。」
足でスカートを軽く蹴るとふわりと広がり、揺れた。こんな形でこんな格好が似合う男の十七歳なんていない。自嘲するように笑えば、ロベーヌ神父は笑みを浮かべたまま眉を下げた。
「その格好にも訳があるのでしょう?詳しく聞かせてください。」
そういうとマリーの隣の椅子を勧めてくれた。俺は着ていたマントを脱ぐと腕に掛けて、年季の経っている古ぼけた椅子に座った。
「マリー、神父に詳しく話をするから席を外してくれるか?」
マリーはエールを送るように俺の背中を、少し力を入れて叩いた。そして、俺の腕に掛けていたマントを掴むと自分の肩に掛けた。
「後は二人で話な、わたしゃ帰るよ。」
そういうとこちらを振り向きもせずにすたすたと扉に向かって行った。
「マリー、ありがとう!また今度!」
そう大きく丸い背中に声をかけるとマリーは軽く手を上げて、蝶番の不快な音を響かせながら帰っていった。
静寂が空間に広がる。ロベーヌ神父とは久々というのもある。だが変わらなかったマリーとは違い、ほんの少しロベーヌ神父が変わっている気がする。纏っている空気が、雰囲気が、あの頃と変わっている。哀愁を帯びている。
「教えてくれますか、マルク。あなたのこれまでの人生を。」
テーブルの上で指を組み、真剣な眼差しをこちらに向けている。指には力が入っているように見える。
俺は軽く息を吐くとロベーヌ神父と目をしっかりと合わせて、話し始めた。マリーに話したように時系列で。だけど、マリーには話せなかった残酷な真実を伝えた。母さんが伯爵家の者によって殺されたことを。
俺はロベーヌ神父から目を逸らさない。けれど、ロベーヌ神父の瞳にはマルクは映っていなかった。表情は引き攣り、こめかみに力が込められているのか顔が揺れていた。鼻から吐き出される息は荒かった。組まれた指は震え、指先は赤くなっている。
「それは、本当、なのですか?」
なんとか絞り出された声は掠れ震えている。
「本人たちが話していた。」
間髪入れずにそう答えた。
「弔ったロベーヌ神父なら見たはずだ、母さんがどんな姿で死んでいたかを。」
言葉を言い終わるかくらいのタイミングでテーブルが激しい音を立て、揺れた。立ち上がった拍子に椅子は倒れ、地面に転がっている。肩で息をしているロベーヌ神父は拳を打ち付けたまま動かない。
「では、サラはっ!弄ばれた相手に、殺されたということですかっ!」
ロベーヌ神父は俯いている。未だに体が、全身が震えている。ロベーヌ神父が感じているその気持ち全てが手に取るように分かる。だって、俺も経験したから。
愛している人を奪われた怒りを。
愛している人がいなくなった悲しみを。
愛している人を守れなかった絶望を。
この気持ちを理解してくれる人はこの人しかいないと思っていた。王都から離れた穏やかな場所に家を買おうとしていた人。俺の義父になろうとしていた人。そして、母さんを愛し、愛を伝えた人。




