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マルク・ステードの人生【中編-22】

「ほらほら、泣いてる暇はないんだろ。早く神父様に会いに行かなきゃ。」


マリーは俺の肩を抱きながら歩いていく。さっきの早足が嘘のようにゆっくりと。急かしてきたくせに。


砂利の音と俺の鼻を啜る音が、建物に反響している。懐かしい裏道はみんな仕事に出掛けたり、遊んでいるのか辺りは静かだった。表通りの賑やかさが遠くの方で聞こえる。


真っ直ぐ進むと右に曲がり、先ほどより幅が狭くなったのでマリーが先を行く。直ぐに左に曲がると真っ直ぐに進み続ける。開けた場所に出ると枯れてしまった噴水を横目に通り過ぎる。


子供の頃は水遊びをしていたのに、長い間放置されているのだろう水盤には落ち葉が幾重にも重なっていた。王都の平民が、減っているのかもしれない。各地の農作物の生産量も調べた方が良さそうだ。


なんて考えているうちに周りの建物にまるで隠されているように背の低い教会の裏口に辿りついた。ただ、しっかりとした造りで修復もきちんとされている。古いが管理が行き届いている。


雌雄一体、唯一神として君臨しているルナリス神。この国の国教だがアルナレスにある教会は全て聖ルルドラ皇国が管理している。だから、どこの教会も周りの家々に比べると荘厳で少し異様だった。


女であり男でもある神。荒廃した地を嘆き悲しみ、雌雄一体であった我が子ダナリュートを女と男に切り裂き、人間を作り上げた。ダナとリュートに分けられた子たちは地を耕し、親なるルナリスに授けられた種で青々とした世界を造り、繁栄した。


そんな慈悲深いルナリスは、女でも男でもない俺に憐れみを覚えてくれるだろうか。慈悲をくれるのだろうか。それとも、人間ではないと断罪するのか。


リング状のドアノッカーをマリーは打ちつけた。


「神父様、ロベーヌ神父様。開けとくれ。」


僅かに人の足音が聞こえる。その音はだんだんと近づき、閂が動く音がした。蝶番の不快な音を響かせながら扉が開いた。


「マリー、どうしたのですか?バザーの打ち合わせは明後日のはずでは。」


色白でひょろりとし、サラサラな赤毛の髪。穏やかさが伝わってくる柔和な顔はマリーの訪問に驚き困惑している。


「それとは別件だよ。ちょいと中に入れとくれ。」


そう言うとマリーは俺の手を取り、ズカズカと遠慮なく入っていく。恰幅の良いマリーに向かってこられたら並大抵の男は太刀打ち出来ないだろう。


小さな調理場の近くにある椅子にマリーは座るとロベーヌ神父を見てから俺を見た。


「話があるのはあの子だよ。」


そうマリーが俺を顎で指し示すと、ロベーヌ神父はこちらを向き頭を下げた。俺も同じように頭を下げるとフードを取り、ロベーヌ神父を見据える。


彼は一瞬固まり、そしてみるみると瞳孔が開かれていく。震える手をこちらに伸ばすと力強く抱きしめられた。


「サラっ!サラっ!生きていたんだね、やっぱり死んでいなかったんだね!」


俺の立襟部分から湿り気を感じる。布を伝い、広がっていく。ロベーヌ神父は肩を震わせ、痛いくらい抱きしめてくる。


「会いたかった、ずっとずっと会いたかった。」


掠れ、震えた声で言葉を紡いでいく。俺は彼の背中に腕を回すと目を閉じた。


「こんなに母さんに恋焦がれてるなんて、ロベーヌ神父もしつこいね。」


俺を抱きしめていたロベーヌ神父の腕から力が抜けていく。肩を掴まれるとまじまじと顔を見つめられた。きっと、泣いたせいで目が腫れているだろう。でも、それよりもロベーヌ神父の方が涙や鼻水でぐちゃぐちゃで鼻先も赤い。ひどい顔だ。


ロベーヌ神父は汚れるのも構わずに両膝を折り、俺の両手を優しく取り手の甲に額を付けた。


「マルク、あなたが生きていたことルナリス神に感謝を。」


母さんじゃなくて、落胆したかもしれない。けど、それでも俺の帰還をあまりすることのない跪拝の所作で喜んでくれた。

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