マルク・ステードの人生【中編-19】
「力を貸してって。」
俺の言葉にマリーは眉を下げた。困惑しているのが顔で、空気で伝わってくる。視線が辺りを漂い俺を見ることがない。
「危険なことはやらせない。街の様子や、人手が欲しい時に仲介して欲しいんだ。」
俺はマリーの手を離さない、離させないようにさらに強く握り込んだ。漂っていた視線がどんどんと下に移っていく。
「私は、反対だ。」
完全に下を向いたマリーが絞り出すように声を出した。マリーが強く拳を握り込んだのを、包み込んでいた俺の手のひらから伝わってきた。
「貴族に復讐なんて、出来っこない。」
拳が震えている。マリーが怖いのは分かっている。貴族なんて平民からしたら雲の上の存在、得体の知れない化け物みたいなものだ。
そんなのを相手取らなきゃいけないのは、恐怖でしかない。分かっている。出来ればマリーを巻き込みたくはない。でも、それでも。
「俺はやらなきゃ、いけない。」
俯いて顔を上げないマリーを見据える。
「このままだと、俺はどう転んだって死ぬことになるんだから。」
そう言葉にしたら、マリーは顔を上げた。信じられないと言うように、俺の顔をじっと見る。
「だったら、あいつらに復讐して生き延びたい。」
マリーと視線がかち合う。ブラウンの瞳が揺れている。こんなに真っ直ぐ見られるのは、いつも怒られる時だけだったな。頬を両手で掴まれて、無理やり顔を上げさせて。顔をずいっと近づけるんだ。
そんなマリーの瞳が今は強い悲しみと苦しみで揺れている。
「復讐して生き残る可能性があるならそれに賭けたい。」
マリーは唇を噛み締めて首を激しく横に振ると、マリーの拳を包み込んでいる俺の手に額を付けた。俺に縋るように、引き留めるように。
「ただ、生き延びるだけは、ダメなのかい?」
上擦ったマリーの声は俺を心配しているのがよく分かる。
「ただ生き延びるだけなら、俺は死ぬことを選ぶよ。」
その言葉だけが、隙間風が吹き込むような、ボロボロの部屋に静かに落ちた。まだ、マリーの拳は震えている。顔は俯いたまま。
協力出来ないと言われたら、諦めよう。危険なことはやらせないが、全力で守るつもりだが、それでもまったく危険がないとは言い切れない。
マリーも大切だけど、でも、やはり俺は許せない。母さんを無惨に殺されたのを、母さんを侮辱されたのを。この気持ちを持ちながら生き続けるのは地獄にいるのと一緒だ。
俺も、マリーも言葉を発することもなく、動くこともない。時折、風が吹くと木製の鎧戸がガタガタと音を立てて揺れる。その音だけが、静まり返った部屋に聞こえていた。
「分かった。」
小さく、鎧戸が揺れる音に掻き消されるのではないか、それほど小さい声でマリーが呟いた。手のひらからは震えではなく温かさが伝わってくる。
「ただし、条件がある。」
今度ははっきりと、しっかりとした声で言った。
「絶対に死なないことだ。」
俺は口元が緩んだ。やっぱり、マリーは変わらない。お人好しで、お節介で、口煩いマリー。でも肝が据わった強い大好きなマリー。
俺は立ち上がるとマリーをギュッと抱きしめた。絶対にこの温もりは失わせないから。
俺は頷き返事をすると、マリーは俺の腕をぽんぽんと叩いてくれた。
あと、一人。あと一人、計画に必要不可欠な人物がいる。慈悲深く、俺の才能にいち早く気がついて伸ばしてくれた人。
ロベーヌ神父。




