マルク・ステードの人生【中編-18】
二人で散々泣きあった後、すぐに別れるのは惜しい、話を聞きたいと二階のマリーの部屋に招かれた。泣き腫らした目でマリーはお茶を淹れてくれて、やっと落ち着き、二人向かい合って席についた。
マリーの部屋もあの時から変わらない。
簡素なベッドにはマリーお手製の継ぎ接ぎされたベッドカバー。乗って怒られた衣装が入っている木箱、無骨でガタガタ揺れるテーブルに、その上に敷かれた煤汚れたテーブルクロス。ほんのりと色のついただけの薄い紅茶。
何もかもが懐かしい。
泣いて喉が渇いていたのか、紅茶がするすると喉を通っていく。
「あんたの元気な顔を見れて良かったよ。」
マリーの目にまた涙が溜まってきている。俺はちょっと可笑しくなってしまって口元が緩んだ。
「マリーはそればっかりだな。」
付けていたエプロンの端で涙を拭くマリーを見ているだけでなんだか幸せな気分になってくる。鼻をすんすんと鳴らしながら涙を拭き終わったマリーも紅茶を飲んだ。
「それにしたって、その格好はどうしたんだい?あんた、女の子だったのかい?」
「俺を取り上げたのはマリーだろ?男なのは知ってるはずだ。」
マリーはそりゃそうだ。とカップに口を付ける。俺はそれをテーブルに肘を付け、手に顎を乗せながら見つめていた。
「だったらなんでまた、女の格好で?変装か何かかい?」
言わなければならない。俺が今まで辿ってきた人生を。聞いたらマリーはまた泣いてしまうかもしれない。でも、協力を仰ぐためには必要な事だ。
背筋を伸ばして、マリーの目をじっと見据えた。俺のただならぬ様子にマリーも俺の目を見つめ返してくる。だから、簡潔に今まで歩んだ人生を話し始めた。
貴族に引き取られたこと。
その日に去勢されたこと。
三ヶ月以上、生死を彷徨っていたこと。
貴族の家では使用人以下の生活をしていたこと。
別の貴族の家に嫁として金目的で売られたこと。
家名や詳しい爵位は伏せて。もし、マリーが知ってしまったら危険だから。一つ一つ、話していくとマリーの顔がどんどんと青く、そして白くなっていく。そして言葉が出ないのか口を手で覆い、息をするのも忘れている様子だった。
「で、でも。今は綺麗な服を着て、満腹になるまでご飯食べて、幸せに生活してるんだろ?」
声は震えている。俺を見る目は、まるでそうであって欲しいというような縋る目で見つめてくる。
ごめんね、マリー。心の中で謝りながら、首を横に振る。マリーは絶望の淵に突き落とされたような悲壮な表情を浮かべて拳が激しく震えていた。
「俺は、許せない。」
無骨なテーブルが音を立てる。
「俺の人生を奪った貴族を。」
スカートを強く握りしめた。
「母さんを侮辱した貴族を。」
マリーの顔が引き攣っている。きっと、俺の顔は今、化け物のように怖いのだろう。だって怒りで顔が熱く、頭は沸騰しそうなくらい煮えたぎっているから。きっと教会で読んだ悪魔は今の俺のような顔をしているんだ。
「どうする気なんだい。」
マリーの声が震えている。俺に対して恐怖を抱いてしまったのかもしれない。でも、俺はもう止まらない。止まることは出来ない。
「俺の人生を奪った貴族たちを地獄に落とす。」
俺はマリーの手を握った。強く強く、まるで縋り付くように。
「だから、マリー。力を貸して。」




