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マルク・ステードの人生【中編-14】

それから、公爵の態度ががらりと変わった。

なんと翌朝、マルクが食堂に赴くと既に公爵が席に着いていたのだ。いつもマルクが座る向かい側に澄ました顔をして座っている公爵に目を丸くした。


クスクスと侍女や執事、家令から笑い声が漏れた。嘲りではなく、まるで微笑ましいとでも言うような笑い声。固まってしまっているマルクに侍女は手を引き椅子に座らせる。この様子からして使用人たちはマルクに黙っていたらしい。


戸惑ったように公爵を見るとマルクを見ようともしないが、ほんの僅か心を開いているのが分かった。


いつもの通り、食事が運ばれてくる。

白パンと共にジャム、蜂蜜、バターサイドに置かれると、中央にオムレツが置かれた。それをマルクは音を立てずにナイフとフォークを使い一口大にすると口に運んだ。


「綺麗に食べるのだな。」


オムレツに落ちていた視線が公爵へと向かう。睫毛を伏せ同じようにオムレツを咀嚼している公爵から出た言葉なのか、一瞬迷った。


「公爵様に恥じないように練習を重ねて参りましたので。」


そう答えるとナイフが皿に当たったのか音がし、公爵の動きがピタリと止まった。沈黙が続き動かない公爵にマルクも食事の手を止めるしかなかった。どのくらい、この状況が続くのかマルクは内心うんざりしていたが、公爵が鼻を鳴らしたことで破られた。


「いい心がけだ。お前も公爵家の一員なのだからな。」


マルクの目を見ない公爵の頬はほんのりと薄づいていた。マルクはそれを口を僅かに開け、瞬きを繰り返しながらじっと見つめていた。


「ありがとう存じます。」


あまりのことに動じてしまったが、にこりと笑いオムレツに口をつける。昨日の今日でこれか。もっと時間が掛かると思っていたが案外女に慣れていないのか、大したことはしていないのに公爵の心の扉が開いていく。


「さくじつも、公爵様のお役に立ててようございました。」


白パンを小さくちぎり、真っ赤なジャムを塗る。じわりじわりとパンにジャムが染み込んでいく様を口元に笑みを浮かべながら見つめた。


「陛下も大変お喜びであった。ダルニスの特使も招待されていたからな。陛下と会話が弾んでいた。」


知ってる。自慢げに話をしているが特使がいたことは出席者一覧を盗み見たから知っている。マルクを信頼しきっているのか簡単に盗むことができた。ただ、花器が割れたことは偶然だし金継ぎの方法を提案できたのも偶然。マルクに流れが来ていただけである。


ダルニスとアルナレスでは活発な外交が行われている。ダルニスはアルナレスの宝石や装飾品が欲しいし、アルナレスはダルニスの技術力が欲しい。条件が整わぬ中、公爵という高い地位ある人間がダルニスの金継ぎが施された花器を献上したのである。しかも口上付きで。


それはそれは会話が弾んだであろう。ダルニスは技術力をアピール出来たし、アルナレスはダルニスをのせたまま交渉ができる。上手くいくかはマルクの預かり知るところではないのでどうでもよいが。


そんなことを考えながら、オムレツを食べ終わるとハムとベーコン、チーズが乗った皿が置かれた。手をつけようとした時、わざとらしい咳払いが聞こえる。


「あー、その、なんだ。」


視線が彷徨い歯切れが悪い。心なしか頬もまるで林檎のように赤くなっている気がする。


「昨晩の礼だ、何か欲しいものをやろう。」


上から目線が気に入らない。お前から貰いたいと思うものなんてない。いらない。歯で唇の内側を噛む。でも気が付かれぬように笑みを浮かべる。


「わたくしは、公爵様のお役に立てただけで十分ですわ。」


カトラリーを置くと胸に両手を絡めて祈る仕草をして、公爵の慈悲に感動したように息を吐いた。なにか強請られると思ったのであろう公爵は驚き、息を止めていた。宝石やドレス、もしくは公爵の愛でも強請ると思ったのか。馬鹿馬鹿しい。


「な、何かやらねば私の気が済まん。」


焦った表情で僅かに身を乗り出してきた公爵に、さてどうしようかと考えた。目を閉じ、唇に指を当てて考える仕草をする。ああ、ちょうどいいのがあるではないか。禁止されていたものが。


「では、公爵様。わたくしは街に行きたいです。」


いつかは街の下見もしなければいけなかったのだ、ちょうどよい機会だ。


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― 新着の感想 ―
>ただ、花器が割れたことは偶然だし金継ぎの方法を提案できたのも偶然。マルクに流れが来ていただけである。 えっ、そうなんですか? 国王に献上する花器が割れたのは、マルクが細工したんだと思ってました。
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