マルク・ステードの人生【中編-13】
マルクは変わらず笑みを浮かべると胸を張り、可愛らしい声で、しかし役者のように堂々と佇んだ。
皿を傾け金継ぎ部分をしっかりと見せつける。
マルクはなんとしても公爵に認めさせなければならない。ロブのためだけじゃない、マルクのためにも。だから儚い笑みは絶やさず、しかしながら完璧な淑女のように、老獪な商人のように、巧妙な詐欺師のように演じてみせる。
「この花器は王家そのものです。」
唐突な言葉に公爵は口を開いたがマルクは手で制した。マルクのその静かなる圧に驚いたのか口を閉じた。
「王国は幾度となく危機に瀕し、存続を危ぶまれましたがその度に王家は、民を、貴族をまとめ更なる発展に導いてまいりました。」
公爵の眉が動いたのが見えた。
「バラバラになってしまった花器を金で継なぎ、再生し、新たな形になりながらも更に価値を高める。不死鳥のごとく蘇る、素晴らしい王家そのものなのです。」
よく通る可憐な声は、まるで長く紡がれている物語を子供に読んで聞かせているような気分にさせるように。まるで、そんな話がこの世に実際にあるかのように。
みなマルクの言葉に聞き入って、じっとこの成り行きを見守っている。公爵でさえも。
「似た花器は世の中にごまんとあれど、これはこの世に一つとしてない。唯一無二、王家のためにだけ存在するものでございます。」
皿を持ったままマルクはスカートを摘み頭を下げた。まるでカーテンコールのために舞い戻ってきた役者のように軽やかに、拍手をしてしまいそうなほどに優雅に。
「そう仰れば宜しいかと。」
頭を上げると先ほどとは打って変わり、全ての花々がその微笑みだけで咲き乱れてしまうようなそんな暖かさが執務室のピリっとした空気に広がった。
いかがでしょうか?と首を傾げるマルクに言葉を失っている公爵。視線はマルクのこじつけに勝算はあるか、計算をしているかのように忙しなく動いている。
計算が終わったのか、艶めいた金髪をかき上げた公爵がこちらを見据える。今日、初めてこの新緑を思わせる綺麗なグリーンの瞳をしっかりと見たなとマルクは思った。
「職人は?」
「応接間におります。」
端的に答えた。公爵は大きく目を見開き僅かに瞳が揺れた。マルクの用意周到さに驚いたのだろう。視線がマルクを離さない。
公爵はマルクの横を通り抜け、足早に部屋を去っていく。慌てて執事が追いかけていく背中を見送ると窓の外を見つめた。廊下を駆け回る足音が少し様相を変えたのが分かった。
やり切った。あとはロブの技術を信じよう。彼ならばきっと最高な作品へと仕上げてくれるだろうから。
「マーガレット、戻りましょう。」
そういうと、静々と部屋へ戻る。侍女はまだどこか惚けた様子でマルクの後をついて来た。
さて、あとは結果を待つばかり。いつもと変わらず日々を過ごし、待っていよう。結果は向こうからやってくるのだから。
◾️
一ヶ月後の夜更け。
マルクは静まり返る部屋でソファに腰掛け、本を読んでいた。経済学の本。こんな本を寝る前にお読みになるなんてと、代わりに流行りの恋愛小説を勧められたがそんな頭がお花畑の本、読みたくもない。恋愛ってわたくしには難しいから、と言ってみせると悲しんでいますと言わんばかりに瞳を伏せたのでそれ以上は言わなくなった。
今日はあの金継ぎを施した花器を王家に献上する日。今日中に結果を知りたかったが、マルクなんかにすぐには報告しないだろう。そろそろ寝るかと本を閉じたが、物々しい足音と声が聞こえてきた。様子を伺うために侍女が扉に近づくと扉が勢いよく開かれた。
息を切らした公爵がマルクの前まで歩みを進める。高揚しているのか頬は赤く、あの艶めく柔らかそうな金髪は後ろに撫でつけられ、形の良いおでこが露わになっている。身に纏っている上着は上質な黒だが光沢があり、光が当たる角度で輝きが違っていた。
目の前にくる公爵は背が高いため威圧感がある。そういえばこんなに近くまで寄ってきたことはなかったのではないか。そんな事を考えていたが、突如、シガーとムスクの香りに包まれた。公爵に抱きしめられたのだ。
吐き気がする、鳥肌が立つ。どうしてこんな男に抱きしめられなければならないのか。寒気がする、体が震える。でも耐える、絶対に表には出さない。
「良くやった、オリビア!」
嫌悪で歪めた顔をするな、精一杯、公爵の役に立てて嬉しいといった顔をしろ。爪が食い込むほど拳を握り締めると公爵を見た。
頬を染め、はにかんで見せる。
「それはようございました。」
その笑顔は春の妖精のごとく温かな笑顔だった。




