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マルク・ステードの人生【中編-10】

マルクは部屋で公爵夫人に割り当てられた体面維持費の帳簿をつけていた。マナー・歴史・語学・経済、自国だけではなく諸外国まで手を広げていたために思った以上に費用がかかっていた。だがそこは腐っても公爵家、予算の半分にも満たない金額に収まっている。


それもそのはず、マルクは宝飾品を購入することも煌びやかで豪華なドレスを作ることもなかった。当たり前だ、お茶会にも夜会にも出ていないのだから。


本当は布だって安物でも良いのだが、出入りの商人から購入したものがあるからと薄手で上質な毛織物を用意された。それだって平民だったマルクからしたら目玉が飛び出るほどの金額だ。もっと良いものを使ってもいいくらいだと侍女に言われたが。


採寸が一番緊張した。麻のシュミーズの上からでも体に触れられるのだ。体型が女性に近いといっても本物の女性ではない。だから、あまり体を触れられたくない、と悲しげな表情を浮かべれば向こうが勝手に察してくれたのは有難かった。


そうしてあまり使われていない体面維持費は、どんどんと増えるばかり。これを元手に何か出来ないかと考えていた。


様々な方法を考えるために集中していたが、ふと外が慌ただしいことに気がついた。万年筆を置くと側に控えていた侍女に目を向ける。


侍女は心得ましたと言わんばかりに頭を下げると部屋を出て行き、しばらくすると戻ってきた。


そして、マルクに仔細に説明してくれた。侍女は何かを期待しているな、とマルクは思った。きっと、マルクなら今、起きていることを上手く収めてくれるのではないか。表情には出していないものの、まるで少女のように目を輝かせていたから。


きっと、侍女はこう考えているのだろう。マルクが華麗に解決して公爵に認められれば、マルクの価値が上がる。それに伴い、最初から側で仕えていた侍女の価値も当然上がると。今まで以上にマルクからの信頼も他の使用人達からの羨望も手に入れられることができると。


マルクは鼻で笑いたいのを抑え、万年筆を手に取り便箋に文字を書いていく。オリビアという少女が書くにふさわしい柔らかで美しい文字を。


『ロブへ

 突然のお手紙、ごめんなさい。

 あなたの力を貸して欲しいことが起こったの。

 だから、急ぎ私を助けると思って

 家に来てくれないかしら。

 使いのものを遣すからあなたの作品と共に。

 急なお願いでごめんなさい。

 あなただけが頼りなの。

               オリビアより』


それを封印にいれ蝋封するとアルストロメリアの花と一緒に侍女へ渡した。


「マーガレット、ここに書いてある方を連れてきてちょうだい。必ず作品も忘れずに持ってくるように言付けて。」


素早くその場から辞するのを見送ると衣装部屋の扉を開いた。広い衣装部屋は一割も埋まっていない。普通のご婦人ならばここをいっぱいにしても足らないぐらいお持ちなんだろうなと呆れた笑いが出た。


マルクはクローゼットに入ってすぐに掛けられていた服を、一枚、一枚裾や袖、首周りを確認し、最後に色味を確認する。

あの公爵だ、地味な格好のマルクではあれば、すぐに追い出されるだろう。しかし、派手すぎても公爵のお嫌いな『女』になり顔を歪めるのは火を見るに明らかだ。


だから、大切なのだ。純真無垢で健気でどこか儚いオリビアを演出する服が。公爵が好みそうな『女』の演出が。


マルクは廊下へ繋がる扉の前できちんと鍵がかかっているのを確認する。変わらず騒々しい足音と荒い口調の声が僅かに聞こえてくる。このぶんなら誰かが入ってくることはないだろう。


クローゼットの中から白いワンピースを取り出した。

立ち襟の上部には上品なカットワークが施されており、襟元から胸元にかけて帯状の前立てが施されている。左右対称に繊細なレースがあしらわれ、ウエスト部分は絹の淡い水色のリボンを後ろで結ぶ。踝より少し短いワンピースの裾には襟元と同じ意匠のカットワークが長さを変えて二重になっていた。


姿見の前で確認すると、なかなかに儚さが演出されている。次は髪型だ。幼すぎず淑女を演じるためにはサイドを三つ編みにしてから低い位置でシニヨンに纏める。ウエストと同じもののリボンで結ぶと髪とリボンの間に青いハナニラを数本挿した。


どこからどうみても可愛らしいお嬢様の出来上がりだ。扉の鍵を開けに行くとトントンとノックされ、ちょうど良かったと解錠し扉を開けた。


「その様子だと連れてきてくれたのね。」


自信満々で鼻息の荒い侍女にマルクは大袈裟に喜んで見せた。


「さすがマーガレットだわ、ありがとう。恩にきるわ。」


侍女の手を両手で包み込むように握ると眩しいほどの笑顔を向けた。


「お、応接間でお待ちです。」


うっとりとした顔で着飾ったマルクを見つめながら、惚けた声で告げた言葉に頷いた。


「では、参りましょう。公爵様を救うために。」


そういうと慌ただしい廊下へと一歩踏み出した。待っていてくださいね、公爵様。まずはあなたを少しずつ高い位置から引き摺り下ろしてあげますから。





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