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マルク・ステードの人生【中編-7】

翌日のマルクの行動は早かった。朝食を食べ終わると医者に診てもらいたいと願った。公爵に許可が必要だったのだろう、医師が来たのは朝食をとってから二時間後のことだった。


医師にはトラウマがあり体を見せることは難しいと伝えた。別に嘘は言っていない、こんな体を見せたらトラウマになる、お互いに。


そして垢が出るまで擦りすぎたら肌が赤くなったこと、痒みや湿疹があること、フケが大量に出ていることを端的に伝えた。きちんと食事をしていなかったために公爵家の食事が濃く、胃に負担を感じることも。公爵家への批判と捉えられたのか、監視役もとい侍女が微かに息をのんだのが聞こえた。なんとでも思えばいい。


医師は服の裾から覗くマルクの細く枯れ枝のような腕や首を触診する。症状が酷いからか、もしくは汚らしいマルクを触りたくないのか医師は眉を顰めていた。


それから塗り薬と、湯浴みの時に使える薬湯を処方してもらう。そして、まずは病人食から始めるように医師は侍女に指示を出した。


これで体づくりの基礎は出来た。人は見た目で大方判断をする。マルクが母と暮らしていた時もそうだった。


近所に住んでいたリック、ダミアン、ルークというクソガキはいつもマルクを下に見ていた。マルクは母に似て容姿が整い、同年代に比べて体は女の子の様に小さかったからだ。マルクは何を言われても、何をされても無視し続けていた。だって時間の無駄だから。


思うような反応を示さなかったマルクに業を煮やし、遂には暴力に訴えてきた。小さなマルクならちょっと殴っただけで泣き、許しを乞うと思ったのだろう。だから返り討ちにしてやった、三人全員。泣いて許しを乞うたのは三人だった。


儚い顔と華奢な体は平民の男だった時は不利だが、貴族の女になった今では武器になる。最大限、自分が持てるものを利用してやる。


次に取り掛かったのはマナーと教養。

仕草には育ちの良さが出る。侍女が良い例だ。ひとつひとつに無駄な動きはないし、所作が洗練されていて良いところのお嬢様という雰囲気を持ち合わせている。それを取り入れればマルクなら可憐な少女として自分を演出できるはずだ。

教養も同じ、知識はマルクを助けてくれる。今までもそうだったから。


家令を呼び寄せるとマルクが好きに使える金はいくらかと尋ねた。昨日の今日で、という顔をしたが気にしない。金額を聞くと、その金でマナーの講師を雇いたいと申し入れた。公爵が不快にならない程度に身につけたい、と健気な言葉も忘れずに。思ってもいない言葉に意表を突かれたのか一瞬、固まったがすぐに頭を下げた。


好きにしろと言ったのだから公爵からの許可は問題なくおりるだろう。だが、ここでふんぞり返って待っていては心象が悪い。許可が出るまでは窓の外を眺めてため息をついたり、ソファに座り物憂いげな表情を浮かべたり、許可が出れば大袈裟に喜んだ。侍女や家令の表情が少し柔らかくなっているのを見逃さなかった。


それからマルクは死にものぐるいでレッスンをこなしていく。皮と骨しかないマルクには長時間座らなければならないテーブルマナーも体力を使う歩き方や挨拶の仕方を一つこなしただけでも体は揺れ、倒れ込んでしまう。でも、ここで泣き言を吐かなかった。自主練や復習も忘れなかった。健気に頑張ってみせた。


その甲斐あってか、マルクがマナーを身につけるごとに家令や侍女の柔和になっていく。どんどんマルクに絆されていく。しかし、マルクは気を抜かない。周りは敵なのだから。


講師から及第点をもらったある日、家令に願い出た。今度は勉強もしたいと。

家令は優しくマルクに微笑みながら頭を下げた。


家令が講師を務めたのは意外だったが、最初からマルクが有能だとバレてないように手を抜いた。過程が大事なのだ。平民が懸命に公爵のために知識をつけて公爵夫人として頑張る姿が。そして、その夫人の知能が高ければ家令は、彼女を見出したのは自分だと胸を張り自慢げにするだろう。


マルクは一人、浴室の鏡の前にいた。顔や体は肉付きが良くなり痒みや赤みがあった肌はまるで陶器のように美しい。髪にはフケ一つなく艶めいていた。だいぶ良くなってきた。次の段階に移ろう。マルクは伸びっぱなしになっていた髪をかき上げた。


翌朝、マルクは侍女におずおずと申し出た。髪を切りたいと。侍女は目を丸くしてマルクを見ていた。それもそうだ。初日こそ、髪を纏めていたが、それ以降は目を見るのが怖いと嘘をついて顔が見えないように長い髪で隠していたから。


侍女は涙を浮かべ、何度も頷いた。


「もちろん、もちろんですともオリビア様。」


早速というように侍女は人を呼び、髪を切る準備を始める。さすが公爵家、髪を切るためだけの部屋があるらしい。そこに案内されると理髪師以外にも家令やマルクが優しくしてやった使用人が何人もいた。


「ささ、お座りになってください。」


嬉々としてマルクの手を取った侍女は部屋の中央にある椅子に座らせる。マルクはわざと指を震わせると侍女の手を握った。


「マーガレット。終わるまで、手を握っていてくれるかしら。」


そう告げると侍女は力を込めてマルクの手を握った。


「もちろんですとも、オリビア様。」


理髪師がゆっくりと丁寧にマルクの髪に鋏を入れていく。髪を切る音は一定のリズムで少し寝そうになってしまう。伸びっぱなしになっていた髪を整え終わると最後は前髪だけだ。


目の前に立った理髪師は緊張した面持ちでマルクの目の前に立ち、鋏を入れた。

はらりと一房の髪が落ちていく。マルクの視界が久々にクリアになった。もう一房、さらに一房と髪が落ちていく。櫛を通し、鋏を入れる。何度かそれを繰り返すと、終わったのか理髪師が一歩後ろに下がり、滲んでいた額の汗を服で拭った。


使用人たちからの反応がない。マルクに不安が過った。もしかしたらマルクは思っているよりも美しくなかったのか?母が美しいと思っていたのは欲目だったか?そう思い、侍女の顔を見つめた。


「似合うかしら?」


侍女は、はっとして惚けていた顔から満面の笑みを浮かべた。


「もちろんですとも、オリビア様!」


家令や他の使用人たちを見回して見ると、みなほんのりと頬を染めて、笑顔でマルクを見ている。

マルクは胸を撫で下ろすと花が咲いたように微笑んで見せた。


「ありがとう、みんな。」


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