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マルク・ステードの人生【中編-5】

オリビアにはもう用がないと言わんばかりに部屋を追い出され、これから過ごす部屋に案内された。綺麗で広い豪華な部屋にオリビアは落ち着かなかったが一番落ち着かないのは部屋の中に先ほどの女性がいることだ。たぶんこの人物がオリビアの監視役兼侍女になるのだろう。置き物のように微動だにせず、けれども視線だけは多くを物語っているように思えた。


どうすれば一人になれるだろうか、そう考えながら紅茶を飲むと濃い紅茶は喉を潤すどころか水分を奪っていくように感じた。扉をノックする音が聞こえる。そちらに顔を向けると監視役が扉の内と外で短いやりとりをしたのち、オリビアに近づいた。


「公爵様です。」


何しに来たんだ?もう用事は済んだはずだ。顔を合わせる理由が分からない。執務室での態度や対応を見るに、あの公爵は用があれば使用人を経由して一方的に伝えてくる。目的が分からない。だが、これは公爵の意図を聞き出すチャンスかもしれない。


すぐに返答しないオリビアに困惑していると勘違いしたのかはっきりと告げてくる。


「お入りいただいてもよろしいですか。」


拒否は認めないと言いたげな監視役の態度にオリビアは眉間に皺を寄せそうになる。しかし、それを見せてしまえば使用人たちの反感を買う。咄嗟に誤魔化すように何度も頷いた。監視役は頭を下げて扉を開けると尊大不遜な態度で公爵は足を踏み入れてきた。


オリビアの向かいのソファに座ると背もたれに寄りかかり、足を組んだ。公爵が手を上げると監視役と執事らしき男が扉の外に出た。


夫婦だからといって、オリビアと二人きりにして心配ではないのだろうか。きっとオリビアには公爵を害することは出来ないと考えているのだろう。この短い間でさえ、オリビアに対する嘲りが態度に出さなくても目にも声にも表れている。


顔を俯かせて公爵に気づかれないように窺い見た。温かみを感じるであろう新緑の綺麗な瞳は、オリビアに対して冷え冷えとしている。態度が表情に表れているため、不機嫌な様子がひしひしと伝わってくる。こんな奴でも夜会ではお嬢様方相手に笑顔を振り撒いているらしい。そんなことは微塵も感じさせないが。


「君はオリビア・オブライアンとなった。」


なぜか、そんな分かりきったことを口に出した。


「だが、何もしなくていい。」


「血縁から養子を取る予定であるし、夜会も茶会も出なくていい。」


「私の仕事の邪魔をしなければ、屋敷で好きにすればいい。」


「私は他人と家庭を築くなど、無駄なことはしたくない。」


「君を愛することはないので、期待はするな。」


何かが自分の中で切れた。ああ、あんなにも御伽話はないと自分に言い聞かせていたのは、やはりどこかで誰かが助けてくれるかもしれないと期待していたのか。


オリビアが手放さなければいけなかった男としての人生を、望めばすぐに手に入れられる温かい家族をこいつは『無駄』の一言で片付けた。


オリビアの事情なんて知らないのは分かっている、そしてオリビアも公爵の事情なんて知らない。だからこそ、お飾りの妻になるのだからこそ、お互い話し合う必要があるのではないか?一方的に自分の要望を伝えるその顔が、その態度が、蔑みしかないか含まれていなかった。


分かっている。これは逆恨みで、オリビアは男ということも告げずに公爵を騙しているのを。分かってはいるが、どうしてもこの目の前にいる男が、この男が発した言葉が許せなかった。


こいつも、オリビアという、いやマルクという人間の尊厳を踏み躙った。何もしなくていいと言いながら好きにしていいと言う。それは外部と接触はせずにただただ公爵邸の中で、伯爵家では出来なかった贅沢をさせてやるから人知れず生きて人知れず死ね、と言われているのも同義だった。


餌は与えてやるから鳥籠の中で大人しくしていろ。比喩ではなく公爵の全てがそう物語っている。同意するしか選択肢はない。


「わかり、ました。」


なんとか絞り出した声を聞くと公爵は部屋を去っていった。オリビアはただ呆然と空を見ていた。

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