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死ねない少女は、もう死にたくない  作者: トウロウ
第1章: 洞穴の底から
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第8話: いざ進まん

「……寝すぎた」


 ぴょんぴょんと跳ねる髪の毛を手で押しやりつつ、手元のスマホを確認して、呟く。昨日は確か22時かそこらに寝たはずだ。現在時刻は12時過ぎ、都合14時間ぐっすりだった計算である。

 ぐっと身体を伸ばすと、背骨やら肩甲骨やらから人体から鳴ってはいけなさそうな音が立った。ベッドとはいえ、あからさまな安物だったし身体を支え切れていなかったのだろう。

 

「……顔洗いたい……日光浴びたい……いや浴びたくはない……」

 

 しょぼしょぼする目を擦り、寝ぼけた頭を無理やり起こして立ち上がる。一晩休んで冷静になってみると、あまりにも生活基盤がなさすぎる。昨日はベッドに頭を支配されて他の事に目が回らなかったが……。

 

「だからこそ、の『拠点拡張』」

 

 タブレットに近づいていくらか操作してみる。武器庫、シューティングレンジのような物騒なものから、浄水所、食糧庫、作業場などの明らかに必要そうなものまで並んでいた。

 

「生きるためには最低限水が……そのためには」

 

 浄水所のアイコンをタップすると建築不可のポップアップが現れ、必要な素材一覧が表示される。

 金貨がいくらかに、スライムの粘液が4つ。それに見たこともない素材が何種類か要求されていた。遠く、しかし到達すべき当面の目標の難易度に鼻から息を抜く。

 

「潜るしか……ないよね」

 

 寝起きのからからな喉で、結論付ける。未だ誘拐犯の目的は見えてこない。向こうからの接触すらないのだ、推し量ることさえ不可能だが……少なくとも、必要に迫られてあの危険な空間に挑むことになっている現状は、きっと想定通りだろう。

 

 その事実に歯噛みして、ベッドに向き直り足元に置いていたスマートを拾う。おうちに帰るという大目標、そのために達成すべきこまごまとした目標のため決意を新たにして……身体が震える。

 

 決意による武者震いなどではなく、寝起きだから故の、もっと生理的なものに由来した……。

 

「……水より、いやベッドより先に、設置すべき施設があったなぁ……」

 

 さてどうしよう、と自然に内股になる脚をさすりながら考え込むのだった。



「……よし」

 

 きゅ、と腰の留め具で紐をしっかり固定して、新たに手に入れた装備……ホルスターがずれないことを確認する。革でできた右腰の収納場所にスマートを差し込んでみると、想像よりぴったりと収まってくれる。

 

「何気に手に持っとくのつらかったし、いい感じ」

 

 空いた両手を握り、くるりと回転してみる。スマートの重さにも耐えてくれているし、かなり力強い新装備だ。

 

 このホルスターは『スキル強化』で手に入れたものだ。『装備獲得Ⅰ』によるもので、費用はなんと金貨五枚。さらに靴や、フードと十分な数のポケットを備えたしっかりとした生地の服一式も付いてきた。明らかなスタートダッシュ装備だし最初からくれよとは思ったが……棚に上げておく。

 

「その他の疑問も、今は放りなげとこ」

 

 たった一日で感覚が麻痺しかけていたが、冷静に考えて何もないところから出てくる道具の原理が理解の埒外すぎるだろう、と気づいて苦悩したのも束の間、必要なことだと捨ておく。既にサヨの心の棚は満杯だ。

 

 スマホを手で弄び、そのままポケットに仕舞う。ライトや日時確認のために充電を維持しておきたいため無暗な操作は控えているが、それでも何故か操作するのに忌避感があるのだ。魔が差したら、取り返しのつかなくなるような。

 

 まあいい、と中央のタブレットに正対して、入口を開けるために口を……と思ったところで、いつもの文章が変化していることに気づく。正確に言えば、追加の文字列があるのだ。

 

「……『最奥到達地点までテレポート』……殊勝な心がけだけど」

 

 いよいよもって超常的な何かを隠す気がなくなってきている気がする。いやまぁ先ほど棚に捨てた疑問ではあるため気にはしないが、気に留めるべき事象が増えてこめかみが脈打つ。

 

「ま、20分歩き詰めよりマシかぁ」

 

 首を掻き、そう言って特に何も考えず文字列をタップする。と同時に激しい眩暈が襲い、内臓がひっくり返されるような感覚に膝をつく。立っていられない、とがんがん鳴る頭に手を当てて、気づく。

 現在地は『スライムの間』の一歩手前。じんわりと疲労感に痛む両脚、めくるめく頭の中に流れ込んでいる許容量を超えた情報量……。

 

 ふと、スマホを取り出して現在時刻を確認する。13時33分、つまり出発から19分経過していて――。

 

「ちゃんとテレポートさせてよッ……! なんなのそのお為ごかし……!!」

 

 非現実に文句を言ったのは確かだが、だからといって否定したわけではないのだ。こんな無理やり実現するくらいなら最初から期待させないでほしい。

 

 ともあれ、と何とか立ち上がる。ちらりと広間を見てみると苦しめられたスライムの姿は見えず、奥の方には石柱と大穴による暗闇が待ち受けているのがわかった。どうやら復活などはしないらしい。

 

「少なくとも死なない限り、って感じかな……」

 

 再戦時の状況を鑑みた推測にげんなりとして肩を落とす。命を落とさない限り死闘を繰り広げなくとも先に進めるのは体力的にも僥倖だが、より一層命が重くなってしまった。死ぬ気はさらさらないが。

 

 今更だが、一度しか経験していないものの死んでも生き返るということには疑問を抱いていない。ここまでお膳立てされた状況だ、業腹だがサヨの命は必要なものとして保障されているだろう。少なくとも誘拐犯の目的が達成されるまでは、という条件付きでの仮定だが。

 

「希望的観測っていうのは分かってるけど、ね」

 

 すり、と傷があったはずの額を撫でて呟く。切れて血が滲んでいた場所だが、一晩眠っている間に完治したのか跡形もなくなっていた。ありえない高速回復、これも先の仮定の補強に一役買っていた。

 

 考えを纏めつつ、テレポート紛いにより押し付けられた急激な疲労が引いてきたのを感じて広間に足を進める。目的は当然、次の場所に繋がっているだろう大穴だ。

 

 闇は深く、スマホのライトをかざしても奥が見通せない。また無駄に長い通路なのかと天井を仰いでから、慎重に暗がりへ身を投じた。

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