第7話: 一時の休息
「……性格が悪すぎる」
黒い石柱にもたれかかりながら不満げな表情で毒づく。何に対してかは言うまでもないし、対象も多いが、主にスライムについてだ。
「銃なんて持たせといて、弱点以外銃無効……かぁ」
呟いて、あまりの内容に諦めの失笑が浮かぶ。正直性格が終わっている。この戦いを制せたのも運の要素が強い。あと一発、二発でも余分に撃っていたら肩が外れていたかもしれないし、そもそもあの突進を躱し続けられる自信がない。
タブレットで確認してみるとサヨの残存HPは74らしい。絶対嘘だろう。満身創痍だ。
「そもそもこのHPってのも……ぉ?」
改めて理解しがたい概念を口に出して疑問を呈そうとして、止まる。HPを示している文章、その下に見慣れない文章が浮かんでいるのに気づいたからだ。
じっと見つめ、意味を読み解く。……報酬獲得、そう書かれているようだ。
「報酬……ねぇ」
どこまでもゲーム仕草だ。倒したスライムからちゃりちゃりとお金が出てくるよりかは現実的かもしれないが、それで取り繕えていると思っているのか。半ば投げやりな気持ちでその文言をタップする。
「わ……!」
次の瞬間、タブレットから急激に光が発生する。何が起こった、ドジを踏んだかと後悔を滲ませて冷や汗が頬を伝い、無意識に持ち上げた腕で強引に拭いながら目を保護した。
数秒光り続けていたタブレットがようやく落ち着きを取り戻し、腕を下す。周囲をざっと一瞥するが特に追加の敵が来たりはしていないようだ。この性格の悪さだ、報酬と嘯いて敵をプレゼントしてもおかしくないとは思っていたが……。
と、そこで足元に何かが出現していることに気づく。位置からして石柱から出てきたような形だが、排出口があるような様子はなかったはずだ。とにかくそれを拾い上げ……。
「この金貨、はさっきのやつと一緒っぽい。他のは……」
先ほど消えた金貨と同じものが数十枚に、とげとげした緑色に輝く石が数個。ガラス瓶に詰められた青い粘性のある液体が二瓶、そしてスライムの核と思しき白い塊が一個。なるほど、討伐報酬といった顔ぶれだ。
「しかしどうやって持ち運べば……さっきみたいに消えるとか?」
首を傾げながらガラス瓶を1つ拾ってみる。傾けてみるとオイルタイマーのように泡がゆっくりと下部から上へと登っていき、これが暫定スライムの粘液でなければ部屋に1つ置いてもいいくらいだ。
「お」
眺めながら適当なことを考えていると、先ほどのように手からすり抜けて地面に激突する。幸い割れることなく転がっていき、青く光って消えていった。
「……やたらリアリティ重視するくせに、この仕様はどうなんですー……?」
明らかにありえない状態に、これまでの何とか現実との整合性を取ろうとする仕組みに対して苦言を呈する。なんかもうちょっとあるだろう、というふわふわした批判を挙げつつ、他の戦利品を見ると同じくきれいさっぱりなくなっていた。
腰に手を当て、鼻を鳴らして気分を入れ替える。今一度周囲を確認すると、奥の壁に大穴が空いていることに気づいた。戦闘中はなかった、はずだ。恐らく石柱と同じような手合いだろう。
ちょっとした冒険心が沸き立ち、先を確認したい気持ちが膨れ上がるが……。
「……帰ろ。こんなんじゃ戦えるもんも戦えないでしょ……」
ぼろぼろの身体、特に切った額の傷と酷使した右肩を労わりたい。傷はともかく、腕は普段から鍛えておくべきだった。とめどなく押し寄せる疲労感もきっと鍛錬不足だ。通学だけで顔が真っ青になっていた高校入学当初のことを思い出させる。
「受験で身体動かしてなかったしなぁ……今から筋トレするかぁ」
ぽつりと自虐的に独りごちて、踵を返した。
*
死ななきゃあそこに戻れない、とは思わないでもなかったが、一応可逆的な場所ではあるらしい。杞憂を頭から振り落とし、ようやくたどり着いた石柱だらけの場所……当面の拠点候補で腰を下ろして疲れを訴える足を休める。
概算だが、往復2kmは正直かなりつらい。健脚ならば鼻で笑うような距離だろうが、徹底したインドアならば5分の運動だけで息が上がるのだ。舐めないでいただきたい。
ふう、と大きく息をついて、反動を付けて思いっきり立ち上がる。急に酷使された足が悲鳴を上げて抗議するが聞こえないふりをして、『拠点拡張』のタブレットの前に立つ。色々と確認した中で、恐らく最も簡単そうで、かつ必要性の高い概念。それこそ……。
「『ベッド追加』……! 必要なのも金貨が10枚と、さっきの謎の緑の石一個だけ!」
この居心地の悪い野性味あふれる床に寝っ転がることも、まあやぶさかではないがなるべく休息の環境は整えたい。元から思ってはいたが、あの激闘を制してからより思いが強まった。今すぐにでも全身を投げ出してベッドにうずもれたい、その一心でタブレットを操作する。
『確定』ボタンをタップして、そういえばどうやってベッドを追加するのだろうとはたと思う。よもや段ボールが届いて一から組み立てろなどとは言われないと思うが……と、洞穴の外に続く道を見やり、見慣れない物体が端の方に現れていることに気づいて肩を跳ねさせた。それこそは、望んでいた――。
「ベッドだーーーーー!!」
質素なシングルベッド。木製の土台に薄いマットレス、申し訳程度の布団が引かれたそれに、はやる気持ちを抑えながら控えめに飛び込む。思いっきり飛びつかなかったのはそれだけで壊れかねないほど頼りない作りだったからだ。この自制心を誰か賞賛してほしい。
ぺらぺらの掛け布団をめくり、身体を滑り込ませる。全身を包む安心感に、急激な睡魔が襲い掛かってきた。どうやら思ってた以上に疲れていたらしい、と抗うことなく身を委ねる。
仰向けに寝転がって、ポケットを探り財布を取り出す。その中から高校の頃の学生証をそっと取り出して掲げた。
確かに、前に進んでいる。きっと帰れる。感傷的になりすぎる前に仕舞い、枕元に財布を投げ出した。
「あとは……おふろと、きがえと、ごはん……」
薄れゆく意識の中、満たされた住の基盤にあてられて欲望が次から次へと押し寄せる。そういえばご飯はどうしようか。いざとなれば外の草を食んで――そこまで考えて、意識が途切れた。




