第6話: 再戦
「……こんなのあったっけ」
『スライムの間』に向かう途中、あからさまな不自然に思わず足が止まる。
古びた箱のような物体だ。木の板を乱雑に貼り付けたようなそれは一抱えほどの大きさがあり、通路の端でひっそりと自己主張していた。
こんなものがあれば見逃すはずがないし、当然なかったはずだが……と手を伸ばす。スマホの光を頼りにまさぐり、ひっかかりを指に感じて、上に引く。
「お、開いた」
蝶番が甲高い悲鳴を上げ、錆びついているのか少しの間抵抗して、諦めたようにサヨの力に沿って開かれる。中には……。
「……金貨、かな?」
数十枚あるうちの一枚を取り出してみて、くるくる回しながら確認する。表には王冠を被り、大層な髭をたたえた王様のような絵が彫られており、裏面には大樹とそれを囲む街のようなものが抽象化されて印されていた。
見れば見るほど、製造するのにかなりのコストが掛けられているのが分かる。500円玉程の大きさにも関わらず手にかかってくる重みといい、おもちゃとは考えづらい。
「あとこっちは……短剣? やたら格式ばった……」
白を基調とした落ち着いたデザインの鞘、その全面に無造作に宝石がちりばめられていてシックな雰囲気を台無しにしている。刃渡りは15cmくらいだろうか。持ちづらい柄を握ってゆっくり抜いてみると、きらりと光る刃が顔を見せた。儀礼剣のようなものかとも思ったが、少なくとも刃は潰されていないように見える。
眺めていると、刃の一部に銘のようなものが彫られているのに気づいた。文字は相変わらず読めないが、意味は……と眺めたところで、やや解釈に困る。
「シーア……ディアナ?」
恐らく何らかの名前だからか、いつもならすっと入ってくるニュアンスがブレて同定できない。女性名のようだし、剣の銘ではなく持ち主の名前なのだろうか。一先ず短剣は箱に仕舞い、もう一度金貨を手に取って悩む。
しばらく迷い、ありがたく貰っていく判断を下した。これ見よがしに設置していたのだ、貰われることを想定してのことだろう。
「と、でもどうしようかな。かさばるし……って!?」
ポケットに詰めようにも数十枚は……と悩んでいると、するりと金貨が手から零れ落ちた。いや、違う。手をすり抜けたのだ。
自由落下の後1回、2回と地面を打ち、転がって……青い光を残して、消えてしまった。ぱっと箱の中を見てみると、他の金貨と短剣も同じく消えているのが分かる。
一部始終を唖然としながら見つめて、
「……何なの、一体……」
そう疲れたように嘆息して、視界にちらちらと映る白い髪をかきあげながら立ち上がった。
*
「……いる」
しゃがんで通路の闇になるべく同化するよう努めつつ、目を細める。奥は『スライムの間』、その中央付近……サヨから15mほど先に、一度サヨを苦しめた脅威、スライムが佇んでいた。当然、五体満足な状態で。
「――?」
ふと、スライムの姿に違和感を覚えた。倒したはずなのに生き返っているのは、まあいい。おあいこさまだ。
恐らく、先ほどの個体よりやや小さい。死んだとはいえ直近のことだ、記憶違いではないだろう。ちょうどサヨの頭くらいに縮んでいる気がする。
まあ小さくなる分には好都合だ。気づかれてはいないはず。眼や鼻といった器官のない奴がどのように捉えているのかは分からないが、数秒経ってもこちらに突撃しようとしてこないことからそう結論付ける。ならば、このアドバンテージを活かす他ない。トリガーに指をかけ直して、腕を伸ばし、構える。
ぶれる照準は、多分恐怖から来るものではない。無我夢中で気づかなかったがスマートが想像よりもずっと重いのだ。出不精を示す薄く白い、細い腕では支えきれないのだろう。息を吸い、吐き、吐いて、止める。
狙い方が分からない。いや、後ろの突起2つの間に前方の突起が挟まるようにして狙えばいいのだろう。だがそれをどうやって見るのが正解か分からない。浅い銃知識が両目で覗くべきだと囁くが、左目を閉じた方がずっと狙いやすい。迷い、迷って、スライムに照準を合わせ、トリガーをゆっくりと引いた。
瞬間、発生した目の前に閃く白い光と、耳をつんざく轟音に目を白黒させる。気づけば反動で大きく腕が上がっており、二の腕が、肩が強い衝撃で軋んでいるのを感じる。他人と比べて小柄なサヨの身体では耐えきれるわけもなく、そのままバランスを崩して盛大に尻もちをついてしまった。
「――っ!」
きんきんとうるさい耳鳴りを煩わしく思いながら地面を蹴り、立ち上がりつつ後退する。銃を撃った実感も、それに伴う衝撃も後回しだ。今は――。
「……外した」
えぐれた地面と舞う土埃に、そう忌々しく呟く。着弾点はスライムよりも3歩ほど手前だ。それほど惜しくもないが、ずれてもいない。
「これで気づかれたはず、だから……」
今一度スマートを構え直しつつ、スライムの動向を伺いつつ脚に力を込める。そのまま前に走り出して通路から広場に転がり込み、壁を後ろに体勢を整える。こうすれば、きっと……。
「――来たっ……ぁあ!」
ぐっと、スライムが力を込めるように身体をうねらせたのを確認して、横に飛ぶ。相変わらず運動神経が付いてこられず、足がもつれて転がってしまうが計算内。爆発音、遅れて炸裂する湿った音の方をばっと見て、素早くスマートを向ける。
壁に張り付いて、衝撃に動けないでいるスライム。距離にして1mもないそこに向けて、しっかりと狙い、トリガーを引いた。
強烈な銃撃音、しかし慣れてきたのか今度は視界を奪われなかった。耳は相変わらず使い物にならないが、反動にもなんとか耐えられている。素早くやや持ち上がった腕を元の位置に振り戻し、敵の姿を確認する。
当たった。着弾点の粘液は吹き飛ばされ、動きは緩やかになっているが、まだその生命は断たれていない。
直感的に判断し、トリガーを引く。ぱあんと鳴る破裂音に続いて肩が砕けそうな程痛むが、なんとか反動を制御できている。結果を確認せず続けざまにトリガーを握り込んでもう一発叩き込み、巻き起こる土の煙幕が晴れるのを待つ。
肩で息をしながら、横に一歩、二歩と進んで、
「――――ぁあっぶなぁ!!」
土煙を切り裂くように、押しのけるように、衝撃を伴って鳴った地獄の爆発音に神がかり的な反応の早さを見せ、スライムの決死の突進を回避する。硬い土の床を転がり、膝を強打して、額を擦りむいたのか暖かい液体が顔を垂れてくるのを感じる。
だが、そのどれも問題ではない。身体は動く。問題は……。
「私の、はあ……記憶通りなら、一発で瀕死になった……はずなんですがぁ」
先ほどスライムの決死の突進と表現したが、それはどうやら誤りだったらしい。一回り小さくなったようには感じるが、銃撃をものともせず、ただ突進により起こった衝撃を収めるのに必死らしい蠢くスライムは、どこからどうみてもぴんぴんしていた。
銃撃が効いてない、のはそうだろうし、そうじゃないだろう。だとすれば初戦の説明がつかない。外したわけでもない。少なくとも二発はまともに当たっただろう。だとすれば、あのときとの違いは……。
「……核?」
今回は、あの白い塊に一発も当てられていない。前回は、奇跡的に当たったのか、あれがひび割れていたのを見た。だとすれば。
未だ衝撃を殺し切れず動けないでいるらしいスライムに、今度こそ最大の殺意を込めて、最大の悪意を送って、照準を向ける。距離は1mもない。さっきも外さなかった。息を吐いて、止めて、トリガーを引いた。
酷使された腕が今度こそ反動を制御しきれずに跳ね上がる。構わず着弾点を睨み、歯を食いしばって、確認する。
その白い塊……核にしっかりと着弾して、粉々に打ち砕いたことを。
びくんと跳ね上がるスライムの粘液、続いてうねうねと触手のように小さく細くそれを複数伸ばし、行き場を探し……そのままくずおれた。
数秒待っても動く様子はない。警戒しつつ右肩を庇いながら立ち上がり、後ずさって、壁に背中を預けた。
注視しながらもしばらく息を整えて、ふと思いついたように視線を彷徨わせる。数瞬ののち、目的のものを見つけた。スライムの遺骸から視線を外さないようにしつつそれに近寄り、確認して、
「……HP、0。やっぱスライムのか……」
無事とは言い難いが、初戦を突破したことに大きく安堵の溜め息をついたのだった。




