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死ねない少女は、もう死にたくない  作者: トウロウ
第1章: 洞穴の底から
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第5話: ありえない決意

 真に理解の及ばない出来事を目の当たりにしたとき、人間がどのような行動を取るのか、と考えたことはないでもない。


「……………………」


 定まらない焦点に、暗闇の中に浮かぶ無機質な光が飛び込んでくる。後ろから吹き込んでくるささやかな風に身体が震え、裸足の無防備な足の裏に刺さる小さな石の自己主張に意識が持っていかれる。

 

 ぼんやりとした頭で情報を受け止めて、頷いて、弾かれたように上着をめくり、お腹を確認する。健康的な、いや不健康気味な白くすべすべとした肌には一切の異常がなく、これ以上ない異常性を示していた。


 ポケットに手を忍ばせ、スマホを手に取り、電源を付ける。


 現在時刻、4月2日、21時2分。


 手は震えていない。脚に疲れはない。頭に痛みはない。心に、狼狽はない。

 どこまでも澄み切った心身にどこか空恐ろしさと、自分のものではないような疎外感が襲う。


 つまり、なんだ。これは――。


「……私、生き返ってる?」


 手元で光るスマホの時刻に無理解を示して、自分の身体をきゅっと抱き、首に片手を伸ばす。

 そして、おそよ普通の人間なら考えもしないようなことを呟いた。



「大丈夫……大丈夫」


 私は、死んだはずだ。


 記憶に障害はない。洞穴の奥に進み、スライムと相対して、辛くも勝利をもぎ取り、そして自分の腹に銃を押し付けて、自殺した。

 

 感じた痛みも、大事なものを失っていく感覚も、全てにリアリティがあった。あんな体験をしてしまえば、きっとどんなに心に自信がある人間だって大きな傷を負ってしまうだろう。


 だというのに、私は何も感じていない。

 全ての痛みは未だに隣人のように私の心の中に存在していて、だけれど恐怖も何も感じられない。

 

 はっと首元に手を伸ばし、ぺたぺたと感触を確かめる。首を柔らかく締め付けるチョーカーは確かに存在していて、服にも汚れはなく、足の裏すら長時間歩いたことによる影響が見られず、論理が立たない。

 

 ともすれば夢だったのだろうか、という考えが過ぎる。ならばきっとその原因は、と目の前にあるはずのタブレットを睨むため前を向いて、


「……おぁ?」


 間抜けな声を出してしまったサヨを、咎められる人は居ないだろう。


 目の前にあるタブレット……それは確かに存在していて、記憶の中にある文章と違わない内容を淡々と示していた。

 

 問題は、そのほかだ。そのほかに、6つの黒い石柱と、タブレットが増えている。中心に見覚えのあるタブレットがあり、その両翼に三つずつ囲むようにして柱が増えていたのだ。


 あっけにとられ、すぐに頭を振って驚きを棚の上に置く。変化があったのだ、きっと何か現状を把握するのに役立つ何かがあるはずだ。


「……ん。これ……スマート?」


 左端の石柱に歩み寄り、タブレットを覗き込む。示されていたのは煩雑なUI、その中でも中央の図形が示していたものは、見覚えのあるピストルの絵だった。


「……武器、強化。PL-15……は、もしかして名前?」


 画面上部の文字にはそのような世迷いごとが記されており、沿えるように銃の名称らしき文字が浮かんでいた。無骨な名前だ。これからもスマートと呼ぼう。ちゃん付けをしたって構わない。


 たぷたぷとタブレットの上に指を這わせる。スマートちゃんの絵、銃身の下から伸びる線、その先の四角形のアイコンをタップするとプルダウンメニューがずらりと表示され、頭が痛くなる。

 字面通りに捉えるのならば、これがその『強化』内容とやらだろう。並ぶのは同じような形の小さな……機械? ばかりで、それがどのような効果を示すのかまでは分からない。あまりにも不親切だ。


 試しに適当なものをタップしてみると、素材不足という警告と共にその内容が提示される。謎の石、ネジとナット、そして金貨とやら。どれも現状持ちえないものを要求されており、どうにもならなさそうだった。

 

 これ以上見ても理解はできないだろうと見切りを付け、他のタブレットを見て回る。


「『スキル強化』……『拠点拡張』?『スタッシュ』……。『研究』と、『ログ』……ん?」


 ゲームかよ、という悪態をつきつつ丁寧に確認していくと、気になる表記を見つけた。ログ、すなわちやってきたことの履歴だろうか。タブレットに近づき、眺めてみて、固まる。


「……悪趣味」


 吐き捨てるように言い、目線を逸らす。胸の奥が、じわりと気持ち悪くなる。


「実績解除、自分殺し……」


 書かれていた不埒な文章を声に出し、実感と共に飲み込んだ。

 

 ふざけているのだろうか。

 いや、ふざけているのだろう。最初から、ずっと、ずっと。


「全部見てますよって? まあなんとなく分かってたけど……」


 姿も分からぬ誘拐犯に対する悪態は、どこか弱弱しく、自罰的なものを含んでいた。強い怒りが来るかと思ったが、来なかった。代わりに去来したのはただの空白で、どこか空々しく凪ぐ心にいっそう不快感が募る。

 

 あの時の判断を、誤っていたとは思わない。どうせあのままだと命を落としていたのには変わらないだろうし、とめどなく押し寄せる苦しみは到底耐えられるようなものではなかった。

 

 分かっている、のに。

 ただ、それを咄嗟に下せたサヨが、私が、理解できない。


「……なんで」


 ぽつりと零れた声に、自分でぞっとする。記憶の中にある、自分の姿の形をした何か。

 

 もっと無様に泣き叫ぶべきだった。あるはずもない助けを求めて、みっともなく生き汚くあがくべきだった。

 だけど記憶の私は、誰かは、勝手に決意して、勝手に死んだ。


「………………あー!! 私らしくもない!」


 ぱん、と両手で頬を叩き思考を切り替える。正直分からないことだらけなのだ。あそこで死んでいたことがこれでほぼ確定になったとして、どうやって生き返ったのか。どうして死の直後にも拘わらず、肝心の死に対してどこか他人事に感じるのか。そもそもこのゲームじみた舞台を整えている犯人は、一体どのような目的があるのか。

 どれもこれも、考えても分からないことだらけ。


「だからこそ……考えない」


 禅問答をするつもりはない。ならば、答えは出さない。


 ただ、今は生きて、五体満足でこうしていられる。それだけは揺るぎようのない事実だ。

 

 スマートを持つ右手に握力を込め、マガジンを取り出し、確認して再度挿入する。スライドを左手で引き、離すと金属の擦れる音と共に弾が銃身の中に滑り込んでいった。

 胸に手を当て、ぎゅっと目を瞑る。大丈夫だ。私は、大丈夫。

 覚悟に頬を硬くして、真ん中の石柱……憮然と佇む入口の前に足を運び、言う。


「あなたのツラを張り倒して……おうちに、帰してもらいます」


 できることがあるなら、それに真摯に。

 

 今までやってきたころだろう、と己を奮い立たせながら……再戦に、臨むべく。

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