第3話: PvE
「弾……というかマガジン……これか。おっと」
手元のピストル――正式名称が分からないため、『スマート』という名前を付けたそれをいじくりまわし、マガジンを取り出すための機構を探す。名前の由来は朧げな記憶の中にあるグロックより、なんだかスタイリッシュでスマートな見た目をしているからである。単純だ。
トリガーの根本辺りにボタンのようなものを見つける。押してみると思ったより勢いよくマガジンがリリースされ、慌てて掴んだ。
「……弾はもう入ってるっぽい?」
ポケットに入っていたものと、同様と見られるものがぎっしりと詰まっているマガジンを眺める。
ぐっと手で先頭の弾を押してみるとかなり硬く、どうやら既に最大まで弾が込められているようだ。そんなものを腰に差して放置するな、と誘拐犯に届かぬ怨嗟の念を送る。
マガジンを戻し、次は試射を――と構えたが、もし外の森の方に人がおり、聞きつけられて詰められたらたまったものじゃないな、と思い直し手を下す。人に会えるなら嬉しいが、暫定不法入国の身に違法な銃所持、発砲まで罪を重ねられたら人生が詰む。
本当にいざというとき、命が危ういときの保険だ。
「シンプルに殴るのにも使えそうだし……と」
軽口を叩き、大穴に胡乱な視線を向ける。
正直に言えば、気が進まない。虎穴に入らずんば、とは言うがそもそも虎児がなんなのか分からない状況なのだ。誘拐犯により誂えられた道をなぞるようで癪だし、日差しを防ぐ手立てでもあれば今すぐ周辺を確認し、人を探しただろう。
だが、現状はここでうずくまるか、進むかしか選択肢がない。ならば、動かねば。
「大丈夫、大丈夫。やるぞ、サヨ……受験以来の正念場だ」
頬を片手で叩き、もう片方の手でしっかりとスマートを握る。そしてなんとも締まらないセリフを置いて、暗く昏い大穴へと足を向けた。
*
歩くこと20分ほど。スマホのライトを頼りにおっかなびっくり進んでいたサヨの目に変化が飛び込む。変わり映えのない土の通路、その先にほのかな明かりを捉えた。
「出口……ってより、入口かなぁ」
徒歩20分。警戒や疲労などもろもろを加味すれば進んだ距離は1kmほどだろう。しかし、外から見た限りこの洞窟はそこまで奥まった作りにはなってなかったはずだ。歩き始めはやたらと歩きづらいなと苦心していたが――。
「多分、ちょっとだけ傾いてる? よね。だから……地下」
こんな通路が突然現れたこともそうだが、こんなことをしてまで隠す場所にサヨの警戒心はマックスだ。慎重に通路を進み、その終わりを示す壁の終端をそっと掴み、ゆっくりと首だけで奥を確認する。
「……広間?」
スマホを操作してライトを消す。広々とした空間だ。天井までは5mほどだろうか、それをどこからか差し込む寒色系の明かりが静かに照らしている。奥行きは……と、視線を前に戻したところで、気づく。
それは、サヨの頭よりやや大きい不定形だった。不規則に波打つそれはおおよそ生物として成立しているようには見えず、しかし蠢き、身体を引きずる様子は生命を感じさせる。青くぬらりと輝く身体、その内側にはこぶし大の白い塊を大事そうに納めていた。
アメーバをそのまま大きくしたような生物。しかし知識の中には決して存在し得ないそれは――。
「スライム……序盤の雑魚敵、って?」
頬を引きつらせて、なんとか軽口を絞りだす。スマートを握る手を緩め、グリップから銃身に持ち直し、鈍器のように振るえるよう持つ。脚はいつでも逃げ出せるように準備をして、それ――スライムに相対する。
デスゲームではない、とは先ほど洞穴の入口で下した結論だったが、あながち間違いでもなかったようだ。ただそれが対人戦でなく、対化物戦であっただけで。
「悪趣味だなぁ……!」
己が希望を示せ。さすれば道は拓かれん。そして開かれた道、その先に用意されたかのように空間に配置された不条理な怪物。いくら察しの悪いサヨでも言わんとすることが分かる。
「あー……一応、言葉が通じたり……? ――っ!」
震える足を心の中で叱咤して、一縷の希望に縋ってみる。差し伸べた望みの手、相手からの返答は……爆発、だった。
「な、ぁ――っ!」
直感に従って横っ飛びになるよう地面を蹴る。瞬発的な行動、それに追いつかない身体は地面を転がり、擦った膝がちくりと痛む。ただ、目の当たりにした恐怖に対しては些事すぎた。
起こった爆発、それはスライムによる、踏み込みだった。もうもうと立ち込める土煙、その奥から瞬間的に飛びついてきたスライムの身体が先ほどまでサヨの頭があった辺りを通過し、そのまま後ろの壁に激突し、気分の悪い湿った音を響かせる。
彼我の距離は少なく見積もっても5mはあった。ありえない事象、しかし起こったことを遅れて理解し、慌てて飛び上がり後ずさる。
「はぁ……自爆とかしてくれてたりー……しないよねぇ」
ちらと壁を見やると、やや潰れてはいたものの原型をしっかりと留めたスライムが緩慢に動いていた。耐久力は、まあ見れば分かるが先ほどの瞬発力はその不定形のどこから出てくるのだろうか。
明らかにこちらを害せんとする動きに、足りていたはずもなかった覚悟を決める。スマートをもう一度持ち直し、しっかりとグリップを握った。震える照準を未だ壁に張り付いたままのスライムに向け、息を吐き――トリガーをぐっと握り込む。
かき、と音がした。音がした、だけだった。
「……んっ!? あ、え……なんで……そうだ、安全装置……?」
想像よりも浅い位置で止まったトリガーに狼狽し、頭の中の足りない銃知識をひっくり返す。慌てながらも行き着いたその記憶、そういえば昔プレイしたゲームにそんなセリフがあったはずだ、と手元に目線を下ろして解除するための機構を探す。
後から振り返ってみれば、誤った判断だと言わざるを得ないだろう。
次いで発生する二度目の爆発、しかしスマートにかかずらうサヨは反応できない。
「しま――も、ご……!」
炸裂する音に己の判断ミスを呪い、目の前を弾ける火花に思考を攫われる。頭がもげるかと思うほどの衝撃にバランスを崩され、後頭部を強かに地面に打ち付けてしまう。じわり、と熱くなる感触を、頭の中を支配する強烈な脈動を、処理できない。
ぴったりとサヨの顔に張り付くスライムが、口腔を、鼻を、体内をゆっくりと侵していく。粘膜を直接まさぐられる鋭く不快な痛みに耐え切れず苦悶の声を漏らし、思わず開いた口からさらにスライムの進入を許してしまう。
「――!!」
右手でなりふり構わず振るったスマートでスライムを打ち付け、左手でなんとか剥がそうと爪を立てる。
いくらかスライムの身体から粘液が飛び散るものの、サヨの身体を侵食する勢いが止むことはなく、ぐっと歯を食いしばる。
起こした行動は、全て直感によるものだった。
スマートをスライムに対して平行にあてがい、なんとなくこれだろうと理解した右側面のレバーを引き、握ったトリガーは先ほどよりも深く押し込まれ、しかし出たのは乾いた音だけ。ならばとなんとなく上部スライドを思いっきり引き切り、乱雑に離し、今度はぐっとスマートをスライムにめり込ませ、トリガーを、今度こそ、
瞬間、サヨの視界が白で塗りつぶされる。
視界だけではない。何も聴こえない。何も感じられない。
無の世界に取り残されたサヨは、スライムの浸食からも逃れていることに遅れて気づく。鼻から思いっきり息を出して異物を排除し、えずく口から何かが排出されるのを遠い感覚で理解する。
大の字で倒れたまま、数分が経過した。
次第に戻ってくる感覚、後頭部の痛みとぬるりとした不快感、身体の内部を焼くような……。
「……生き、てる?」
じくじくとした嫌味な実感に、そうこぼす。
首だけを動かして横を見てみると、ひび割れた白い塊と、行き場を失った青い粘液がぴくぴくとおぞましくうねっていた。




