第24話: 物語症候群
「んー……3回勝負、っつーことにしときますか。それぞれ違うゲームを用意してあげますよ。気軽ーに楽しんでってください」
「いや……まぁそれはいいんだけど、色々聞いても?」
とんとん拍子で進んでいく話にサヨは付いていけていない。というか最初からあんまり理解できないまま来てしまっている。正常になったサヨの頭は依然としてハテナだらけで何一つとして解決に向かっていないのだ。特に初めに会った司書とそっくりの容姿とか、『選抜者』だの遺物だのいう固有名詞のこととか。
流れを切ってしまったサヨに、正面に座り直した女性――アルが不機嫌そうに頬を膨らませて、「分かってますけどねー」と文句を言う。
「ここは図書館ですよ。司書たるあたしに勝って、あらゆる情報を得てけばいーじゃねーですか。言うてあたしも知らないことだらけですけど」
「私の知ってる図書館とルールが違うなぁ……」
どうやら異世界の図書館は想像よりも血なまぐさいらしい。文字通り図書館戦争があちこちで起きているのだろうか。というかちゃんと司書ではあるのか。
とにかく、とアルが両手を張って乾いた音を出し、場の空気を入れ替える。
「まあ勝てば出られるんでそこは安心を。じゃーそーですね、早速第一ゲームといたしましょー。題目は、『水平思考ゲーム』」
「水平……あ、ウミガメのスープ?」
「お? 田舎者のくせにいい名前付けてんじゃねーですか。いいですね、それですよ」
指を一本ぴっと立ててにやりと笑うアルの提示したゲームに心当たりがあり、思い至った名前を口にする。なるほど、こういう思考実験的なゲームはこの世界にもあるのか。想像よりも平和で命の危険がなさそうな内容にほっとしつつ、アルに目線を向けて話の続きを促す。また心を読んだのか「殺さねーってんでしょ」と唇を尖らせて、
「ま、知ってるようですが一応。あたしが出す謎に対して、お前ははいかいいえで答えられる質問をする。今回は5回の質問を許しましょー。最終的に謎に対して答えを提示して、見事正解ならお前の勝利! 誤答したら問答無用で負けです。解答権は一度っきりですんで慎重に~」
「うーん……思ったより厳しい……難易度によるか」
提示されたルールはサヨの知るものと齟齬はなく、少し厳しいものだ。大抵質問と解答は無制限、制限するにしても解答を数回のみに縛る程度のものが多いだろうが、今回はチャンスが1回だけ。サヨはこういう思考実験が大の好物だが、別段得意というわけでもない。好きなだけあって場数だけは踏んでいるし、それを頼りに何とかやるしかない。
考え込み、再確認して頷くサヨをちらりと見て、アルがぱちんと指を鳴らした。次の瞬間見つめていた木の床が端から真っ白に塗りつぶされていき、何が起きたとぱっと顔を上げると周囲が、壁やカウンター、置かれた本棚の全てが白く輝いていて、燐光と共に粘土細工のようにぐにゃぐにゃと歪んでいた。
「なっ、どういう――」
「夢みたいなモンって言ったでしょー。ホストたるあたしが作り変えられない道理はありゃしません。なに、どうせなら臨場感あふれる舞台でやろーじゃんってわけです」
慌てるサヨを小悪魔のような笑みで見据えて、もう一度指を鳴らす。その音を皮切りに強い白光が空間全体を襲い、思わず腕で顔をカバーして目を保護した。数秒後、ようやく光が収まったのを確認して恐る恐る腕を下ろし、変わり果てた周囲の光景をきょろきょろと見る。
先ほどまでの木造の大きな図書館の階層は消え去り、シンプルで無機質な作りの部屋に変わっている。広さは教室くらいだろうか。白いタイル張りの床は硬く、同じく真っ白の壁にはレンガを積み上げて作ったような規則的な溝が出来上がっている。奥の方には何かごちゃごちゃした機械のようなものが散乱しており、ひときわ大きい制御パネルのような物体の前に、人影が2つ落ちていた。
片方は子供だろうか。白いローブ……いや、大きな布を頭から被って身体をすっぽり覆ってしまっており、隙間から除く小さな手以外に人物像を掴む手掛かりがなく、性別すらあやふやだ。それに対峙するのは豪奢な服に身を包み、モノクルを付けた高飛車そうな高身長の男性だ。何やら剣呑な雰囲気で話し合っている気配があり、だけどその声は1つも拾えない。
これはどういうことかとアルに説明を求めて顔を向けると、「よく見てなさいよ」と言われながら頭を掴まれてぐると回され、二人の方に視線を固定されてしまった。
「さて、じゃーお題を出しますよ。『男は「誰も死なせないために」彼女を殺した』」
「――え?」
アルが言い切るのが早いか、男が一歩進んだかと思うと、数秒の間の後、子供がゆっくりと倒れていった。
ぴくぴくと跳ねる子供の腹にはじわりと赤い染みができており、男の手にはべったりと血が付いたナイフが握られていた。感情の宿らない男の瞳はじっと、死にゆく子供を見据えている。
ぱくぱくと口を動かすサヨを横目に、アルは笑みを浮かべて『問題』を出した。
「『だけれど周囲は、世界は男を大量殺人犯だと非難した』……さて、なぜでしょーか?」
*
「な、何を……」
「あー? あ、これは幻覚みたいなもんなんで悪しからず。実際に目の前で死んだわけじゃねーですから」
眼前で広がる殺人事件に穏やかでいられないサヨを面倒くさそうに見やり、手を振って適当なフォローをする。そのまま無言でこちらの質問を待つアルに、深呼吸を1回、2回として心を落ち着かせる。
大丈夫、目の前で人が死んだわけじゃない。言い聞かせて、なんとか落ち着いてきた鼓動を感じてぎゅっと胸元の服を握り、問題を精査する。
ウミガメのスープ、これは一見矛盾した謎の真相を解き明かすゲームだ。この問題も「誰も死なせたくない」のに「大量に誰かを殺した」として二律背反の状況に陥っている。であれば、聞くべきは……。
「……男は、彼女以外に誰も殺していませんか?」
一見矛盾に見える箇所を、語られていない事実をもって矛盾に仕立てあげることを封殺する。これが否定されたら問題が根底からひっくり返ってしまう。
「『はい』。んーまぁ思うとこはありますが、彼女以外を殺してはねーですね」
目論見通り肯定された、つまり彼女を殺したことが大量殺人に繋がることが確定する。さらに言えばアルは――今回のゲームマスターは質疑応答だけで終わらせず、結構話してくれるタイプだろう。質問の仕方次第ではYesNo以上の情報を落としてくれそうだが……そこまで利用して質問を構築できるほどサヨの頭が賢くないのが問題点だ。とりあえず応答の応用は置いておいて、次の質問を考える。ここで想定するべきは……。
「男と女性は、面識がありましたか?」
「『はい』ですねー。そこそこ仲は良く……良かったのか? まぁ見知った仲でした」
ぱちりとアルが指を鳴らし、世界が流転した。渦巻く世界に目を回していると、立っている場所がまた変化していることに気づく。
質素な木造の部屋だ。粗末なベッドや机、最低限の生活を送るための設備だけが置かれた小さな空間、その扉で二人が会話をしている。男は果物や野菜が詰まったバスケットを両手で持っており、子供――赤い髪の少女はそれを受け取って部屋の棚へ置いていた。
「友人では、なかったでしょーね」
寂しそうに、どこか遠い目で呟くアルは出題者という枠からはみ出た感情で二人を見つめている。口ぶりもどこか親身で、まるでこの二人が実在していて全てを見てきたかのような――。
「……ねえ、二人は……あなたって二人と知り合いだったりするの?」
「はぁ? それ質問ですか? 回数使っていいなら回答しますけど―」
思わず口から出た疑問にアルが不機嫌になり、慌てて手を振ってなかったことにする。気にならないといえば嘘になるが、勝負を投げ出してまで聞くことでもない。……勝って、それから聞いてみよう。
ともあれ面識がある。となれば殺す強い動機が必要だ。そうなれば思いつくのは当然、
「女性は、人々を害する行為を計画、あるいは実行しましたか?」
「――『はい』。胸糞悪いったらありゃしませんが」
音が鳴り、世界が際限なく切り替わる。
村の全てを焼き尽くす、盛んに立ち昇る炎が目を焼いて、燦々と悪しざまに世界を一色に彩っていく。手前の燃え尽きて灰だけしか残っていない地面に青い髪の少女がぺたんと座っていて、涙を流しながら呆然と全てを見つめていた。その姿は先ほど見た時より幼く、あどけない印象を受ける。
よもや、これをこの少女が行ったのか。複数の木の建物が焼け落ちて地面を焦がし、背後の森林にまで伸びる火の手が退路を塞いで生命を灼熱の牢へ閉じ込めている。こんな地獄を、彼女が。
喉が焼かれる錯覚に唾を飲むサヨと同じく、自分で出しておきながら幻想の火を疎ましく思ったのか眉を顰めたアルが手を振って、あらゆる火が途絶えて燃えかすになった世界へと変遷させる。舞う風が灰を吹き上げ、今なお座り込む少女の頬を薄く汚していく。
「今のは……」
「彼女、の一端ですよ。まさかここが出るとは思いもしませんでしたがー」
気だるげに腕で口を覆って嫌そうに話すアル。どうやら彼女にとってもこの変化は意図したものではなかったらしく、わざとらしくけほけほとせき込んでいた。
あれを少女が行った。故意か過失かはともかくとして、村1つを焼くような何かを。続いたアルの言葉は少女の罪がこれだけではないことを示唆していて、1つの考えが浮かぶ。
1人の少女だけを殺して、大量殺人の罪を被る。そのからくりはなんとなく理解できていて、だけどどう質問するべきか分からない。男は大量殺人を犯してはいない。故に適当な質問では結果的に最初の質問と同じような結論になってしまい、答えを絞ることが難しくなる。
うんうんと唸り、いつの間にか罪にばかり着目していたことに気づく。罪は揺るがなく、故に問うのはその過程だ。
「男は必要に駆られて、いや……その後に大量殺人犯だと非難されることを覚悟して女性を殺しましたか?」
「んー……『いいえ』寄り……いや『はい』ですかねー? どうなんでしょ。あれなら覚悟してた気もするんですがー……」
曖昧な返答。それはこの話が現実にあったことの裏付けであり、どういう答えが望まれているかの指標でもある。出題者が登場人物の意図を掴みあぐねている事実は、男が複雑な事情のもと殺人に至っており、その心情が実在の人物であるがゆえにあやふやであることの証左だ。であれば答えるべきはきっと。
はまっていく脳内のピースを数えながら、足りない最大の根拠を得るべく慎重に言葉を選ぶ。
「女性の生前の行為は、罪は露見していましたか?」
「『いいえ』。いいえ、です」
アルが両手を叩いて、世界が回った。
最初に見た、あの部屋だ。変わらずごちゃついていて、少し機械の山が増えて散らかっている様子の部屋、その中心に二人がいる。
白い髪の少女は男に縋りついて泣いていた。男は動かず、すすり泣く少女に手を回すこともなくじっと受け入れている。その目は変わらず無感情で、しかしこの時だけはどこか顔が強張っているような気がした。
ちらりとアルの方を見ると、ぞっとするほど冷徹な無表情で二人を眺めていて、先ほどまでの正負に振り切れる感情表現とは似ても似つかない様子にただならぬものを感じてしまう。
「さて――5回、使い切りましたね。答えは得られましたかー?」
サヨの視線に気づいたのかぱっと顔を切り替えて笑みを浮かべ、指を鳴らしてサヨの解答を請う。いつの間にか場所は図書館のものに舞い戻っていて、定位置だと言わんばかりにカウンターの上に腰かけて頬杖をついてサヨを上から見つめていた。
「――」
顎に手を当てて、じっくりと得られた情報を整理して反芻する。
答えは、たぶんこれだ。筋は通っているし、勘のいい人なら問題文からすぐ導出できそうな単純で明解な結論が得られている。というよりこれ以外の解答が思いつかない。
慎重に言葉を積み上げて、シンプルに起きた事実だけを述べるよう精査し、万が一の不足がないよう何度も頭の中で確認して、意を決して両手を握った。
「男は……大量に人が死ぬであろう計画を立てていた少女を阻止すべく殺した。だけど殺した後にどうしてかその計画が露見して、男が大量殺人を企てていたと紐付けられ、非難された」
*
「――」
アルはサヨの言葉を受け止めて、じっとサヨを見つめたまま動かない。居心地の悪い視線に身じろぎをして、だけど目を逸らしてはいけない気がしてなんとか前を見続けた。
どれくらいそうしていただろうか。汗で滑る両手を感じながら答え合わせを待つサヨに「はあ」と息を吐いて、
「人は、見たいもんしか見ねー生き物なんですよ」
「――へ?」
想像の斜め上からの切り口で始まった語りに肩透かし気味な声を漏らしてしまう。アルはつまらなさそうにそっぽを向いて、どこからか取り出した青色に輝く半透明の立方体をくるくると指先で弄んでいた。
「石畳を割って咲く花に健気だと笑い、引っ掛けられた足を悪意に満ちたものとして呪う。そーいう生き物です」
「……なんとなく、分かる気はする」
「物語症候群なんですよ。お前ら全員」
すべてに理由を付けずにはいられない感情。それは、サヨにも経験がある。何でもないことに物語を見出して、意味があるのだと己を納得させる。生きていく上で避けては通れない障壁や必要な努力だって、きっといつか乗り越えられると論拠のない結論を、結末を望んで過程を語るための感情。
「男は彼女を殺し、散乱する部屋を見咎めた人民は全てを男の仕業だと思いました」
いつの間にかアルの手のひらの上には3つの立方体が乗せられている。ふわりと青と白の箱が浮いて、くるくるともつれるように相互に回転し始めた。
「根拠なんていらないんですよ。いたいけな女の子を殺したやつが次に手にかけるのは我々だろうなんて、なーんも考えず信じられちゃう。物語を創っちゃうんです」
ぱぁ、と白い箱が光を発して小さな燐光になって消えていった。浮いたままの青い箱は次第にその高度を落としていき、手のひらに残っていた黒色の箱へ落ちていく。
「人を救うため人殺しの咎を負った男は、人類の仇敵になっちまいました。ほかならぬ人類の手で、彼は殺されました」
落ち行く青の箱が黒い箱とぶつかって、ばらばらに砕ける。床にまで散らばった破片は次第にどす黒く染まっていき、光すら残さず影に溶けてなくなってしまった。
「彼はそれすらも覚悟してたんでしょーかね。あたしにゃ分かりません。――まぁ、正解にしときましょう。やるじゃねーですか、『選抜者』サマ」
今までになく優しい笑顔を浮かべたアルがサヨを見つめ、第一のゲームにクリアしたことを慇懃無礼に告げてくれた。




