第25話: 『アポケの魔女』
「えー……っと、色々言いたいことはあるんだけど」
どうやら正しい解答だったらしい事実に胸を撫でおろしながら、手を前に伸ばして進言する。それにアルは嫌そうに頬を歪めて、
「やですよ。あたしは何も言いませんよー。聞きたいことがあんならぜーんぶ勝ってからです」
「いやまぁ、だろうなとは思ってるからがっかりはしないけどさ。なんかあの女の子の髪が……全部同じ女の子のはずなのに色が違ってて」
核心はどうせ教えてくれないだろうなという負の信頼があるので今は色々差し控えておく。それよりも気になったのは、ゲーム中の幻覚の中で見た少女の姿だ。ころころと髪色が変わることにアルは特段言及せず、それがより一層気を引いていた。
サヨの疑問が意外なところだったのかアルは目を丸くして、心底不思議そうな目でサヨを一瞥して悩み始める。その後我が意を得たりと手を叩いて、
「あー! お前髪がコンプレックスなんですか。あーあー、そうでしょうねぇ」
「な、なに急に……」
1人で分かった気になるアルを睨むと、怖い怖いと言わんばかりに両手を挙げ、
「ま、これくらいはいいでしょ。お前が髪に注目してたから変わってただけですよー。あの子の髪色は白色です。お前と同じね」
「っ、な、なんで」
「染めてんでしょ? 分かりますよ。あぁバレるのはあたしとか姉様とかだけでしょーし、安心を」
「……それもそうだけど、あなたは」
うんうんと頷いて自分の疑問だけを解消したことに浸っているアルの態度が、サヨには腑に落ちない。だってこれまで、サヨの白髪は誰しもが忌み嫌っていて、それこそ無条件で殺しに来るような。
やたら警戒するサヨに首を振って、「バカバカしい話ですよ」とばっさり切り捨てる。
「あたしは偏見とかないんで。最初に言った通り殺しゃしませんよー」
「……一応言っておくけど、私は自分の髪、好きだから」
「へぇ? そりゃまた珍しい」
面白いものを見たと片目を開けるアルのその奥には、純粋な好奇心が宿っていた。それがサヨにとっては居心地が悪い。
「ま、気になりはしますが雑談はこの辺りで。早速第二ゲーム始めちゃいましょー」
「あ、それに関しても聞きたかったんだった。3回勝負ってことは、これに勝てば終わり?」
「ん? まぁそうですねー。ゲーム自体はきっちり3回やる決まりですが、ここで勝っとけば安泰です」
先刻のゲームの情報量で押しつぶされていて発する機会がなかった疑問をここで解消しておく。3つ全部で勝てとかいう無理難題を突き付けられなくてよかったという気持ちに息を吐いて、既に白星が一つあがっている現状に安堵する。ここさえ勝てば、地獄を見なくてすむ。
さっきからサヨに本題を遮られてばかりいるアルがやや不満げな顔をしているが、気にせず手で話の先を促した。
「生意気なガキですねー。まーいいです、第二ゲームの題目は『アポケの魔女』!」
「お……知らないゲームだ」
恐らく土着のゲームだろうか。これまでの話や第一ゲームの雰囲気から類推するに、これも力というよりは知力を試すものになるだろう。
この世界の常識クイズとかお出しされたらどうしよう、と今更懸念して冷や汗が止まらないサヨを放置してアルがルール説明に移った。
「ルールは複雑! ですがスタンダードにいきましょー。プレイヤーは誰しもが善良な人民、だけどその中に一人だけ魔女が紛れちまってます。このままではきっと魔女に殺されてしまう。そうなる前に魔女を特定して処刑しましょー!」
「……人狼ゲーム?」
「あ? なんですかー未開の土地出身のくせして娯楽だけは溢れてんですね。最近流行ってるゲームなんですけど」
いつの間にか田舎の出から未開の土地にグレードダウンしてしまっている。サヨは結構アルに好感を抱きつつあるのだが、彼女は違うのだろうか。
内弁慶のきらいがあるサヨは関係の築き始めに躓くことが多い。できるだけ馴れ馴れしくしすぎないように、と意気込むサヨにアルは鼻を鳴らし、説明を続ける。
「役職はー……魔女が1人、牧師が1人、人民が2人。審問官が1人にしましょーか。審問官は1日1回、他者を魔女かどうか調べられます。魔女は1日1人殺せて、牧師はCO以外の相手の嘘が1日1回見抜けます。人民はなーんもありません」
「ん? 2人しかいないけど……」
「作りゃいいんですよ作りゃ。ほれこんな具合に」
アルが腕を横凪ぎに振って、手から何かを投げた。自由落下して床を叩く音が三つ聞こえたかと思えば、落ちた物体から白色の煙が立ち込める。反射的に目を瞑り、収まったかと薄眼で確認すると、なにやら個性的な白の人影が三つぼんやりと立っていた。輪郭は不安定だが、それぞれ子ども、女性、男性のように見える。
「こいつらは自由意志があり、あたしに操られてるわけじゃありません。数合わせになってもらいましょー」
「だ、大丈夫なの? そもそも喋れるようには……」
「シャベレマスヨ」
「うわびっくりした!」
自由意志があろうがなかろうが、意思疎通ができなければゲームが……と不安視するサヨの横からしゃがれた低い声がして思いっきり身体を跳ねさせた。たどたどしい日本語を発した出所を確認すべくばっと振り向くと、男性の影がサヨに向かって手を振っている。顔は見えないが素振りは紳士的で、優しそうな印象を受けてしまう。
ばくばく跳ねる心臓を落ち着かせるべく胸を抑えたサヨに、「そりゃ配慮しますよ」と手を振ってアルは話し続ける。
「一日は昼と夜に分かれてて、昼は一堂に会して会議を、結果如何では処刑をします。夜は個人行動ができます。んで勝利条件ですがー、牧師と審問官は魔女を告発できたら勝ち。魔女と人民は審問官を告発できたら勝ちです」
「……ん? 市民も魔女を処刑するんじゃ……」
「んなことしてどうすんですか」
魔女は人を殺す。だというのに人民は魔女を守る。そのうえで処刑を執り行う……正直言ってゲームの世界観が掴めない。ルール自体はサヨの知る人狼ゲームとそれほど変わらないが、どういう立ち回りをするのが正解なのかいまいちわからない。
「んで、ここからがミソですねー。会議の結果、魔女と思しき人物を処刑するか見逃すかを判断するわけですがー……その判断は、プレイヤーの他に『民衆の信頼』にも委ねられます」
考察を深めるサヨをちらりと見てから、アルが両手を二回叩いた。次の瞬間、いつの間にかサヨはささくれだった木製の椅子に腰かけていた。自覚なく姿勢を変えられた強烈な違和感に立ち上がり、周囲を見渡すと屋外……集落がある森の中に景色が変化している。周りには木造の建築物がちらほらと建っていて、サヨたちがいるのはその中央、巨大な円卓と五つの椅子がある広間だ。そのサヨたちを、曖昧な人の影が数十人ほどで取り囲んでいた。
太陽は確かに真上にあるが、暑さは感じない。これもきっと幻覚とやらなのだろう。
「会議の内容、果ては普段の行動までこの民衆が監視しています。彼らはそれぞれパーソナリティーがありー、何を思っているのかは誰にもわかりゃしません。プレイヤーは誰しもが民衆に阿り、あるいは騙して処刑を誘導しましょーというわけです」
「……こんな大掛かりなゲームが流行ってるの?」
「あーあー、こんなことするのはあたしくらいですよ。普通はカードとかで処理します。ここならではのゲームを味わってほしいじゃないですかー」
アルの言葉に安堵する。さすがにこんな人知を超えた現象を頼りにゲームを構築するのが流行っているとなると、この文明に馴染めなくなるところだった。馴染む必要はないが、取り入るのに苦労するのは避けたい。
「さ、準備ができたんでやっていきましょー。役職は無作為に与えられ、あたしも感知できません。気づいてるとは思いますが、あたしもプレイヤーですが思考を読んだりとかつまんないことはしませんよ」
「それを聞いて安心したよ。……うん、やろう」
流石に読み合いのゲームで思考を読まれたらなすすべがない。実際サヨもどうすべきか懸念していたのはその能力の比率が大きかった。アルが参加するのも当然だろうし、ゲームの全貌はまだ掴めないが……やりながら、覚えるしかない。
意気込むサヨににやりと笑って、アルが円卓を軽く叩いた。淡い光が手元から発せられ、程なくして発光していた場所にはカードが置かれている。他の人にも1枚ずつ与えられているようだ。アルを見ると、確認しろと言わんばかりのジェスチャーで返され、椅子と椅子の距離は遠いが念のため他の人から見えないようゆっくりと捲る。
そこに書かれていた文言、騎士のような鎧を身をまとい、大きな鎌を携えた男の絵。
サヨの役職は、『審問官』だ。
「『この村には魔女がいる。誰かがそう言って、誰かが死んでいった。不自然な死の連続を訝しんだ国が、この村に審問官を送ると便りを出した。だが、いつまで経っても審問の馬車は姿を見せない』」
一番引きたくなかった役職。話を考えるに人狼と同値だろう役職に焦るサヨを置いて、アルがゲームスタートの語りを粛々と進めていく。
「『無辜の民の死は止まない。ならば、我々で魔女を見つけ出そうではないか。我々が審問しようじゃないか。異端を裁こうじゃないか! 人民は口々に言い、木々を組み立て、縄を括った』」
アルがそう言い切ると、その背後がぼやけて、何かの輪郭を形作っていく。簡素な木の骨組み、木の板を張っただけの土台。中央の梁に吊られているのは、わっかをつくった丈夫そうな縄――処刑台だ。
「『処刑は進み、だけれど死は止まない』」
その縄に、突然何かが吊り下げられた。人だ。ぶらぶらと振り子のように揺れる縄が、わっかに通されて締め付けられる頭が、確かに曖昧な人の首を括って命を奪っている。突如喝采する周囲の人々、弾けるような歓声に思わず耳を覆ってしまう。
「『だからこそ、我々で見つけなければ。魔女を殺さねば』――。さ、ゲームスタートです。奮って魔女を殺していきましょー」
にやにやといつも通り笑うアル、その笑みは意地悪に、馬鹿にするように、サヨにだけ向けられていた。




