第21話: 図書館
「おおー……」
女性に言われたように通りをずっと登っていき辿り着いた場所、開けて中央に噴水がある広場。その奥には摩天楼のごとく聳え立つ巨大な時計塔が待ち構えていた。
白く、巨岩を削り出して磨き上げたような全貌。質素に、しかし嫌味にならない程度に全体が彫り込まれて装飾されたそれの頂点には四角形の時計が壁に埋まっており、ここからでも針の進みが分かるほど大きい。更に上部は無数の柱が三角錐の屋根を支えており、内部に鈍く輝く金属質の何かが収められていることが分かる。鐘、だろうか。
時計が丸じゃないのはなぜだろうとよく見てみると、長針が指し示すであろう時間の記号は辺に沿って16分割されており、故郷とは異なる基準で時刻を刻んでいることが分かる。一日が32時間なのだろうか。
「っと、見惚れてないで案内……あれかな」
荘厳な造りに時間も忘れて眺めそうになる気持ちを振り払って、広場をぐるっと見て本来の目的を探す。観光地なのだろう、ひときわ激しい人混みを縫い、どこからか漂ってくるおいしそうな匂いを振り切り噴水の傍に建てられた複数の看板を見つけた。なんとか近寄ってその内容を確認する。
この時計塔の歴史やら説明やらの記述を気になりつつも読み飛ばし、周囲の地図が記された看板を注視する。時計塔の傍には様々な施設が備え付けられているようで、そのうちの1つ、西側の広大な建物が図書館とのこと。ちらりとそちらを見てみると、時計塔と同じような意匠がこらされた四階建てほどの建物が目についた。
通行人の間を苦慮しながら抜け、図書館のもとへ向かう。物々しい鉄柵の門を開けて施設内に入り込む。背後には相変わらずせわしなく動く人の気配があり、しかしこの先は打って変わって人気がない。
「……一般人立ち入り禁止とかじゃないといいんだけど」
これだけ立派な施設だというのに利用者が見当たらないことに不思議がり、要人向けだったらどうしようかと一抹の不安がよぎる。……まああの女性も付いていこうかと聞いてくれたし、一般に開放されているはずだ。であればあまり書籍に興味をもたないような社会が形成されているのだろうか?
一変した空気に呑まれつつも門を抜けて草花で彩られた通路を歩き、人二人分の高さはある木製の門の前に立つ。確認する限り警告とか利用禁止のようなものは掲示されていない。大丈夫だと自分を鼓舞して、やたら重い扉を両手で押し込むと、老齢の木が軋む歪んだ音と共にサヨを図書館の内へと引き入れてくれた。
「おじゃましまーす……」
中は暗く、ところどころに青く光る石を括りつけて照明としていることが分かる。恐らく窓の全てがカーテンか何かで遮られているのだろう。天井もかなり高いが、薄暗い空間によって解放感は得られず、多少閉塞感を和らげるだけにとどまっている。扉を開けた瞬間鼻をくすぐった紙と微かな黴の匂いはサヨがよく知る図書館と似たもので、どこか安心感すら覚える。
「見ない顔ですね」
「っ、はい!?」
おずおずと図書館内部に足を踏み入れたサヨのすぐ横から女性の声が発せられ、予想外の音に肩を跳ねさせ素っ頓狂な声を出してしまう。ばっと声の出所に目を向けると、青と白を基調にしたきっちりした服装に四角い帽子をかぶっている若い女性の姿があった。身長はサヨより少し大きいくらいで、薄い水色の髪を腰のあたりまで伸ばしている。
彼女はすっと人差し指を立てて口元にあてており、サヨに「お静かに」と無言で苦言を呈していた。
「ご、ごめんなさい……あなたは」
「█書、█案内役です。どういったご██で?」
「█しょ……ししょ、さん」
なるほど、そりゃ当然図書館なのだから司書も居てしかるべきだ。こんな入口の真横でスタンバイされているとは思いもよらなかったが。
「え、と……ほんをよみたくて」
「██ですね。初めてのご██ですので、一階と四階がご██になれます」
「ありがとう、ございます。ほかのは?」
「██料金を出していただき、正式に██になっていただければ六階まで。██も可能となります」
多分登録料を払えば無制限で閲覧できるということだろう。しかしサヨには持ち合わせがなく、貨幣価値すらわからない。あの金貨が使えるかと思っていくらか持ってきてはいるが、いざ社会を見てみるとすでに紙幣すら流通していてもおかしくない発展ぶりだった。余計ないざこざを避けるためにも名残惜しいが金貨を出して試すのはやめておくのが賢明だろう。
「だいじょうぶです。ありがとうございます」
「██ですか。……では1つだけ。くれぐれも、██された階█以外には立ち入りませんよう。██と七階は特に」
「――? はい。わかっています」
やけに念入りに警告してくる司書の言葉に素直に頷くと、こちらに向けていた視線をふいと外し背筋を正して正面に向き直ってしまった。これ以上何かを聞くのも失礼にあたるかもしれないし、と一礼してから改めて図書館の中を進んでいく。
「七階……?」
ひっかかるのは司書が仄めかした上層についてだ。外から見た限りそこまでの高さはなかったはず。ここの天井の高さを鑑みても、せいぜい三階、あるいは詰め込んで外見通り四階までしかなさそうなものだが。
まあ今のサヨには関係のない話だ。いずれこの世界の通貨を手にして登録できてから改めてこの目で確かめよう。
雑多とした本棚の隙間を縫ってゆっくり内装を確認していく。本棚の数自体は膨大でとんでもない量の蔵書があることが分かるが、日本のように番号で書籍を管理しているわけではないのだろう。ちらと目に入る背表紙の題名は統一感がなく、これでは目的の本を探すのも一苦労だ。こんな杜撰な管理では盗難されても――と考えたところで、入口のすぐそこにいた司書の存在理由に気づく。なるほど、ローテクながら効果的な予防策だ。
とはいえ、図書館の中でも変わらず人っ子一人いない現状では盗難はおろかトラブルすら起こらなさそうだが。
「とりあえず探したいのはー……歴史書? 創世記とか、聖書とか。あと社会通念が分かるような……」
検索システムでもあればいいのだが、望み薄だろう。他の司書も見当たらないし、たぶん居ても聞ける勇気が出ない。帰るときにもまた二時間くらい歩かねばならないし、閉館時間もあるとすれば読めてニ、三冊だろうか。
「ちゃんと閉館時間聞いとけばよかったな……」
後悔を滲ませつつもまた司書の手を煩わせることを恐れて、なるべく手早く済ませよう、と意気込んだ。
*
「……これも、あんま読めないな」
手にした『ログラ█による███に基づいた建国論』を閉じて机の脇に寄せる。
現状、サヨの望みに適った本はいくつか見つかっている。想像以上に広がっていた蔵書の海から抱えきれないほどの本を見つけられたのは幸運だったが、そこまでだった。厳かな図書館の雰囲気通り、納められているあらゆる本が小難しいのだ。
たった半月勉強した程度のサヨの語学力では読み取ることができないものがほとんどで、なんとなく読めても前提知識がない故の薄っぺらな理解にしか繋がらない。来る前から分かっていたことといえばそうなのだが、サヨはたとえこれが日本語で書かれていたとしても読解ができるかどうかは怪しい。例えるなら、あの老人の言葉遣いに似ている。極度に格式ばって平叙な単語を避ける記述にいい加減嫌気が差してきた。
解読ともいえる読書を始めた当初は気合いに満ち溢れていて、故に最初に手に取った本は何とか最後まで目を通したが、それからはさっさと見切りを付けることにした。
「児童書とか置いてくれてたらなぁ」
サヨの現在地――一階にある本はどれもこれも専門書もかくやといった顔ぶれだらけだ。ジャンルこそばらけていて雑多だが難しさに例外はなく、恐らくそこがこの階のコンセプトなのだろう。一度四階にも立ち寄ってみたが、そこはまた別ベクトルの専門書ばかりで常識のないサヨにとっては無用の長物だった。より正確に言えば数学やら物理やら理系っぽいものばかりだ。アラビア数字を使ってくれていたら多少は読む気になったのだが。
「たぶん人がいないのもそういう理由っぽい」
閑古鳥が鳴いている図書館の原因を理解した気になって、背もたれに体重を預ける。
一応、ほとんどが読み解けないとは言っても断片くらいは拾えている。それこそ最初の『██すべき我らが教え』という本は最後まで目を通せたし、他の本とも合わせてざっくりとだがこの国の姿を掴めつつあるのだ。
そこでサヨが得たこの国への印象は、ちぐはぐ、その言葉に尽きる。
まずこの国は絶対君主制で恐怖政治である。まあそこには特に口を挟まないが、それにしては国をおおっぴらに批判していたりする書籍が堂々と図書館に置いてある。本当に恐怖で民衆を抑えられているのだろうか?
ただ、どの本でも繰り返し「██を█さない限り」のような不穏な記述がある。ならその内容を事細かに教えてほしいものだが。
次に、技術力だ。大量に紙を製造できたり、優れた金属加工があって恐らく大型の機械も作っているはずだ。本だって活版印刷とやらだろう。この図書館を見るだけでも優れているだろう技術、しかし文章の中に電子機器はおろか、電気を利用したあれそれが一切出てこない。サヨの想定では地球でいう1900年代あたりの生活をしているはずなのに、電磁気学の一片すら表出しない。技術ツリーが歪、だと思う。
魔法を使っている可能性は否めないが、特にそういう記述は見当たらない。
最後に、宗教についてだ。なんとこの国で支持されている宗教の教えは、完全に『我らが主』に対する敵対心で成り立っていた。あまりに理解しがたい信仰の形に読み違えたかと同じページに何度も目を通したが、この解釈で間違っていないはずだ。
一応細分化されていて、主流ではないものの主を崇める派閥もいるようだが。あと神は実在するっぽい。
「現人神みたいな話なら親近感あるけど……」
深く知れば知るほどよりこの世界について理解できなくなる気がして、無理やり知っている知識に近づける。背筋を直し、積んでいる本の中からまだ読めそうなものを探す。国史、論文っぽい冊子、宗教史、謎の小説――。
「お」
なんとなく持ってきた題名すら判別できない本たちに、いつの間にか机に突っ伏して背表紙を眺めるだけだったサヨの目にとある本が飛び込んできた。持ってきた覚えはないが、薄いし他の本に紛れ込んでしまったのだろうか。
題名は、『アポフェニア図書館』。表紙には外から見たこの場所が描かれているように見える。
「もしかしてガイドブックとか? だとしたら助かるけど」
ぺら、と表紙にしては頼りない紙を捲る。パッと見た感じだと読めない単語は少なく、図示こそないが易しそうな本だ。ここにきてようやくまともに読める本に行き着いたことに喜びを隠さないまま、文字を目で追っていった。




