第13話: もやもやした考察
「……お、済んでる」
『研究』のタブレットを操作しながら結果を確認する。浮かび上がるウィンドウには『ブループリント解放: 9mm/.45弾ver1 2時間』と書かれており、右側には完了を示しているだろう緑色のチェックマークが示されていた。
内容的に今すぐ役立つものでもないだろうが、あって困るものでもない。
あれから4日が経過した。
手に持った四角い小麦色の棒を口に放り、咀嚼する。味は良くも悪くも備蓄食のような野暮ったいもので、何より口の中の水分を悉く奪っていくのが始末に負えない。
ひとまず成果を振り返ってみる。まず一番大きいのは食糧庫の建築だ。
1日1回の食糧の補給、それは文字通りのライフラインとなったが提供されるのは今のところこの不格好なディストピア飯が数本だけだ。ありがたいが、米が恋しい。麺でもいい。
そのほかの施設で言えばベッドがやや豪華になったのと、作業場も作ってみた。施設はそれぞれ強化が可能らしく、なけなしの素材を投入して晴れて強化したベッドはマットレスが少し厚くなりセミダブルほどの大きさになっていて、想像よりも生活の質が高まっている。作業場には期待していたが、現状あまり使えるとは言えない。
というのも、『研究』で資材を投入し、かなりの時間待たなければそもそも機能しなかったのだ。作業場とは名ばかりのオフィスに置いてそうな机と椅子、その上に置かれた小さめのタブレットを胡乱気に見てそう評価する。
「ま、さっきのが確かならこれからに期待、って感じかなぁ」
現状、弾薬には困っていない。どこから湧いているのか、いくら消費したとしても寝て起きたらポケットの中にちょうど40発のピストル弾が復活して詰まっているのだ。いわば『詰み』の状態にさせない為の措置だろうが、果たしてどのような手段で実現しているのかまったく理解が及ばない。
「……それを、想像できないってわけでもないけど」
ただ、他の弾薬が必要になるならば話は別だ。
唯一鹵獲した銃――『武器強化』にてSKSという名前が明かされたそれには、7.62mmという弾が必要らしい。スマートのように最低限の弾丸が補給されるでもなし、いずれ来るだろうピストルだけではどうにもならない場合に備えて、ちまちまと研究を進めて幅広い弾を作れるようにしておくべきだ。
現状の良い側面はそれくらいだろう。次に悪い側面、より正確に言えば手詰まりの現状については……。
「あの……怪物」
結論から言えば、最悪なことにあの怪物は迷路を気ままに練り歩く、徘徊型だろうと推測した。最も考えたくなかった可能性、それは都合7回目の挑戦時、迷路を進み始めて数分も経たないうちに遭遇して無残に殺されたことでほぼ確信に至っている。
ただ、突破の糸口が見えない。どれだけ長く迷路をうろついても、次に進めないのだ。正確に言えば、次の場所へ進むための出口が見当たらない。
「あるのかどうかも、分からないけど」
ぺろ、と指についた小麦の粉を舐めて不安げに呟く。
途中のイレギュラーでは探索途中に迷路が作り直された。あれを考えると無限にサヨを彷徨わせることだって可能だろう。
それでも、あれから一度も目の前で迷路が変化したことはないし、迷路で獲得できる資源だけではこれ以上拠点を拡張できないことから、あるのではないかと推測している。となれば、最悪の最悪、それは……。
「……あいつを殺さなきゃ、進めない」
サヨは既に自分の死亡回数を数えることを止めている。それだけ、あの老人の顔を持つ化物に殺されて、引き裂かれて、潰されてきた。幾度にも重なる逢瀬、その全てで瞬殺されて。
分かっていることは、3つ。
まず、あれには視野が存在しない。老人の顔、その瞼は気持ち悪くもしっかりと縫いつけられていて、何度か試した限りちゃんと見えていないことを確認済みだ。
続く2つ目の気づき。あれは、異常に耳がいい。コウモリのように、通路全体に自らの身体を打ち付けて反響する音波でもって世界を認識しているのだろう。それはつけ入る隙でもあるが、どうにもならない強みである。
ただ、時折聴覚では説明がつかない挙動を起こすことが気がかりだ。少なくともサヨの位置を特定する動きは音なんかよりもっと根源的な何かで把握している気がする。
最後に、その姿形だ。あれは通路を埋め尽くすほどの巨体を持った異形の蜘蛛だ。脚は恐らく八本、その前側二本に鋭い爪を携えている。中でも異様なのは頭部だ。あるべき蟲の頭部は存在せず、代わりにそこから伸びる黒い棒の先に、件の老人の顔をくっつけている。
挙動からしてあれが頭で間違いないはずだが、それでも現実的な生物としての様相を呈していない化物に唾棄すべき感情を抱いてしまう。
また、老人に限った話ではないし、しかも確信には至っていない事柄が1つ。そのため言語化に苦慮するが……。
「……私の、嫌がることをしてる気がする」
口に出して、やはりぼんやりしすぎだと首を掻く。なんとなく、あの迷路で巻き起こる全てに感じた所感だ。敵よ来ないでと祈れば目の前に現れ、最悪のパターンを想定すればその通りになる。全てサヨの間が悪かった、と言えば解決してしまうが……。
ただ、3回目の挑戦に現れた部外者。唯一まともな人の形をした生命、しかしサヨの心にずっしりとしたおもりを付けたあれがひっかかる。
あれから何回も探索を行っているが出てくるのは2回目に遭遇したのろまな蜘蛛くらいで、他に生命の痕跡は認められない。運だけでは説明のつかない邂逅、だけどあれは確かにサヨにとって最悪のタイミングで、最悪の結果をもたらした。
「……っ」
ともあれ、出来ることは少ない。拠点は頭打ち、研究には時間がかかる。スキル強化は、字面だけなら盤面を覆す一手になりそうだが、実体は気持ちばかりスタミナが長持ちしたり、銃の反動を抑制したりするものばかりで、頼りにはなるが当てにはならない。
武器強化もいくつか出来るが、確認したところ銃の性能を大幅に押し上げるようなものはなく、ただ銃に追加の部品をくっつけるだけだった。一応スマートにつけた小さな照準器とライトは役には立っているが、現状を打破するものでもない。どうせならロケットランチャーに変形する機能でも追加してくれたらよかったのだが。
……やるべきことは、きっと1つ。
「このもやもやを……確信に、変えなきゃ」
強張る指先は、だが不条理な死に向かうものではない。むしろもっととげとげしく、ささくれだった感情に由来したものだ。それが何なのか分からないまま、どうにか振り切ってスマートの感覚を手の中で確かめ、『入口』の前に立つ。
スマートを握った右腕、服に滲む生々しい赤色の染み。そのあるべきでない痛みを、どうにか無視するようにして。




