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死ねない少女は、もう死にたくない  作者: トウロウ
第1章: 洞穴の底から
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第11話: 最低限の

「……ん?」

 

 こなれてきたのか、あまり疲労の色が見えない足を片方だけ浮かして揺らしながら、目に飛び込む景色にちょっとした引っかかりを覚える。淡い採光により適度に照らされた石造りの通路、それに別段変化はないように思える。

 

 問題は、突き当り、正確にはそこまでの距離だ。前回よりも少しだけ短いように思える。

 まあちょっとした記憶違いだろうと振り切った違和感、しかしたどり着いた二度目の分岐路で淡い期待を砕かれる。

 

「変化、してる」

 

 前回の探索と同じ道のりを辿ったはずだが、目の前にあるのは嫌になるほど繰り返されたT字路ではなく十字に交差した分かれ道だ。こんなに短い距離で迷うなんてこともありえない。つまり――。

 

「不〇議のダンジョン、ってこと……? 相変わらず性格が悪い……」

 

 ローグライクでありがちな、入るたび変化する迷路。つまり死を対価にした探索も実を結べない……と、そこまで考えて眉根を揉む。

 ここに連れてこられてから眉間に皺が寄りすぎている。跡が付いたらどうしてくれるんだ。

 

「……とりあえず、素材回収だけして帰ることにしよ」

 

 常に退路を確認しつつ、異常があれば即退避。そう方針転換して、ぶつくさと文句を言いながら迷路を進んでいく。

 

 五分ほど慎重に探索を行い、運よく必要な素材を立て続けに拾えてほくほくした顔で通路を進んでいると、目の前に再度好ましくない変化が現れた。この場所は迷路、すなわち通路のみで構成された空間だと思っていたが……。

 

「広間……ううん、部屋?」

 

 遠目に確認した限り、そこまで大きくはなさそうだ。ちょうどワンルームほどの空間、その床に何かがぽつぽつと落ちているのが見える。そして――。

 

「敵……かな」

 

 部屋の中央でかさかさと動く物体を視認して、首を傾げる。こんな状況だ、見かけた生命は悉く敵だと認定して構わないとは思っていたが、その姿にやや馴染みがあって判断が鈍る。

 

 一言で言うならば、蜘蛛だ。タランチュラより少し大きいくらいだろうか、しかしその外観は家によく出るぴょんぴょん跳ねる蜘蛛――ハエトリグモとよく似ているように感じる。幸いサヨは虫が嫌いではないが、もし見る人が見れば絶叫して泡を吹きながら倒れただろう。

 言いすぎたかもしれないが、とにかくそれくらい生理的な嫌悪感を覚えてしまう姿をしていたのだ。

 

「ま、仲間ではないかぁ」

 

 スマートを不器用ながらも慣れた手つきで装備して、半分ほどスライドを引き、解放する。

 距離は10mといったところだろうか。大きさで言えばスライムとさして変わらないが、あの蜘蛛はやたらと平面的で狙いづらい。伏せて撃つことも考えたが、蜘蛛の機動力が分からない現状逃走の妨げになるような行動は避けるべきだろう。

 ゆっくりと銃のスライド先端、照星を蜘蛛にちょうど被さるように位置を調整し、平行になるよう手前側の照門を調整する。息を吐いて、止めて、ぐっと握り込むようにして右手の指にテンションをかけた。

 

 白い閃光が迸り、乾いた炸裂音と手元から肩に響くような衝撃をなんとか受け止める。跳ね上がる銃口を無理やり元の位置に押し戻し、慢心せず奇襲の結果を確認した。

 

「……お、ラッキー」

 

 蜘蛛の身体がグロテスクに潰れて、緑色の液体が床を汚していることを視認してそう呟く。ぴくぴくと未練がましく動く多足に目を細め、しかし虫特有の反射だろうと切り捨てた。

 この距離だと当たる確率で言えば10%にも満たなかったはずだ。それを一撃で決められた己の幸運を賞賛しつつ、警戒は解かないまま部屋に近づいていく。

 

 念入りに部屋の中をクリアリングして想定外の場所を這いまわっている伏兵がいないか精査し、ひとまず安心かと息を吐いて、未だに生に縋る蜘蛛にもう一発撃ち込んでおく。ちゃんと殺せてはいただろうが、油断はしない。

 

 ……思えば、最初よりずっと銃口が軽い。物理的なものではなく、もっと心に根ざした問題だ。スライムはこちらを殺そうとしてきた。きっとそれは免罪符にはならないが、必要に迫られていたという状況だったから、あそこで撃てたのは、普通だ。

 だが、今撃ったのは、何故だ。いや、そうしなければ命が危ないかもしれなかったからだ。だけどサヨの命はずっと軽くて、ともすればこの蜘蛛よりも、

 

「――考えちゃ、だめだ」

 

 沈黙した亡骸から目をそらし、改めて部屋の中をぐるっと見る。あの石柱が現れていないことから用意された戦闘というわけではなかったようだ。報酬は貰えないが、その代わりに部屋のあちこちに見覚えのある素材が散らばっている。1つ1つ拾い集めて確認し、浄水所に必要だった青色の石が複数転がっていたことになんとか喜ぶ。

 

「これでようやく……ん?」

 

 手元から転がり青い光を残す素材たちを見つめながら感慨に浸っていると、部屋の隅の方に見慣れない棒が転がっていることに気づく。木でできたスティックのようなものに、金属光沢を示す棒がくっついている奇怪な物体だ。近寄って拾ってみると、

 

「……銃じゃん」

 

 腕全体にのしかかる重厚感、古めかしくもどこか頼りになる雰囲気を纏うそれにはごちゃごちゃしたパーツと、トリガーらしき物体がくっついていることが分かる。

 しかし、サヨにとっての銃としての要件……グリップとマガジンが存在しないことに気づいて、はてどう使うのだろうと首を傾げた。

 

 なんとなくしっくりくるように持ってみて、構える。

 想像よりも手に馴染む持ち心地、だがトリガーから後ろに伸びる木の部分がごつごつと胸に当たって邪魔だ。どうやって構えるのが正解なのか分からない。というかとんでもなく重い。鍛えられたと思っていた腕が数秒のうちにぷるぷると震えはじめている。

 

 どうにも扱いづらそうだな、と腕を下ろして肩から力を落とした。見るからにスナイパーライフルっぽさがあるし、現状のピストル一丁状態に加わってくれればかなり対応力が上がるだろうが、使いこなせなければやたら重いただの鈍器だ。持たない方が良い。

 

 それでも戦力補強だ、と持って帰ることに決め、はたと気づく。

 

「……弾なくない?」

 

 よもやピストル弾に互換性があるはずもないだろう。こういった長い銃は長い弾を必要とするはずだ。周りを見ても、特に何かが落ちている様子はない。つまり、現状は鈍器としての参戦となる。

 

 その後、本当にこの重くて長くてかさばる物体を持ち帰るべきか数分ほど苦慮する声が小さな部屋に小さく響き渡っていた。



「帰って……きたぁ」

 

 両腕を塞ぐ使い物にならない戦利品をぽいとおざなりにその辺に投げ、ぐっと伸びをする。

 

 戦果としては上々だ。銃一丁に、浄水所が作れるだけの素材。その他こまごまとしたものも今後役に立ってくれるだろう。

 

 逸る気持ちを抑えつつ拠点拡張のタブレットを操作して、再度条件を満たしていることを見届けてから、達成感を顔に滲ませて設置を敢行する。ぽち、とタブレットに指を押し込んで、出現するだろう変化を心待ちにして周囲に目を光らせる。タブレットの説明が正しければ――。

 

「お。……何だっけ、どこ……あ、公園だ。公園にある水飲むやつ」

 

 目ざとく見つけた変化、それに渇きからくる欲望を解放させる前に、どこかで見たことがあるというちょっとした脳の引っ掛かりを解消する。

 

 現れたのは何てことはない水飲栓だ。ベッドの反対側の壁、その傍にそれまで存在していなかった四角いコンクリートの柱、腰ほどの高さの上面に小さな金属製の洗面台のようなものが備わった物体が鎮座している。

 浄水所、という物々しい言い方にしては素朴な施設だが、それが今のサヨにとっては文字通りオアシスのように輝いて見えた。

 

 近寄って、上面中央の金属棒に垂直に設置されたハンドルをゆるゆると回す。と同時に頼りない水柱が金属棒から吹き出し、重力に負けてくぼんだ受け皿に吸い込まれていく。顔を近づけ、匂いを嗅いでみる。錆びついた嫌な臭いも、生臭い感じもしない。

 跳ねる冷たい水飛沫が頬を濡らし、ごくりと粘着質な唾を飲み込んで、恐る恐る唇を近づける。

 開けた口内に滑り込んでくる冷たい液体。味も、妙な感じはしない。そこまで考えてからぷつりと理性の糸が切れ、本能に従うまま水を追いかけて口に含み、喉の奥に滑らせて、身体を満たす。

 

「――ぷはっ」

 

 数分そうしていただろうか。想像以上に水柱を捉えるのが難しく、蛇口に口を付けたくなる衝動をなんとか抑えながら悪戦苦闘して十分な水を取り込み、ちゃぷちゃぷと揺れるお腹の中身を感じながら一息つく。

 ゆっくりと栓を締め、袖で口元を拭いながらみなぎる確かな充足感に口端をもたげた。

 

「これでひとまず、ミイラにはならずに済むかな」

 

 後は食糧だ。タブレットによれば、食糧庫のはたらきは1日1回食べ物を補充する、というもので作れたら当面餓死する心配はないだろう。それが3食分なのかはわからないが。

 建設のために足りない素材はあと赤い石が2つ、青い石が1つだけ。どちらも迷路で手に入るものだ。脚にのしかかる疲労の残滓がなければ今すぐにでも出戻りしたい気分だが、今日はもう休むべきだろう。

 

「……慣れちゃ、いけないんだけどなぁ」

 

 ここを拠点として受け入れ始めている安心感に釘を刺すように呟く。帰るべき場所は既にある、無暗に増やすものじゃない。

 

「はあ」

 

 取り入れた水分によりいくらかマシになり、それでもしっかりと主張してくる空腹をなんとか無視しながらベッドに潜る。寝転がって解放された四肢が喜ぶのを感じつつ、ぼんやりと迷路の――あの怪物について思案する。

 

 今回の探索時間は20分ほど。その間老人の怪物の痕跡は1つもなかった。途中の銃撃に反応してやってくるかとも思ったが、そうでもなかった。まだ2回目だから断言はできないが、迷路の構造が変わっていたことから特定の待機場所がある――つまりボスのような存在だとは考えづらい。考えられるのは、いくつか。

 

 探索時間か、インベントリの内容か、徘徊か。

 

 最もありがたいのはインベントリ関係だろう。前回、素材の回収が出来なくなってから急にあいつが現れたことからして可能性としてはなくはないし、ならば対策も簡単だ。

 次点で探索時間。深追いは出来なくなるが、30分ほどの探索で出てくるとしたらいくらでもやりようはある。

 最悪なのは、徘徊型だという可能性だ。あの迷路をただうろついているだけとなれば、全ての探索が運により左右されてしまう。

 

 全ての可能性を確かめるには――。

 

「死んで、1つ1つ潰さなきゃ。……いい性格してるよ」

 

 皮肉気に呟いて、目をつぶる。そのまま意識が自分から離れていくのを感じて、優しく手放した。

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