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死ねない少女は、もう死にたくない  作者: トウロウ
第1章: 洞穴の底から
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第10話: 慣れてはならない

 ぱちぱちと、にわかに目薬をさされた子供のように瞬きを繰り返す。視線を下ろして、自分の右腕をしっかりと見る。

 指は動く。肘から先は、ある。

 

 確かめるように漫然と腕の機能を動かして、取り戻した感触を堪能した後、深く深く溜め息をついた。

 

「……何なの、一体……」

 

 あの場で起きたことの大半がサヨの理解を超えていた。腕を切り落としたのはあの老人の化物で間違いないだろうが、最大の問題はその動きが一切捉えられなかったことだ。そして――。

 

「ちゃんと、生き返ってる……」

 

 そう、死んだ。殺されたのだ。死因も分からないままに。

 

 死による喪失感は相変わらず一切ない。あの、出来損ないのホラーゲームに出てくるような化物に対する恐怖すらも今となっては遠い感情になってしまっており、それにいっそう恐怖感を覚える。サヨは平静で、普通で、だから普通じゃない。

 

 頭を振ってなんとかその恐怖を追い出す。今は、それにこだわっているべきではない。考えるべきは……。

 

「あれの攻略方法、だよね」

 

 スライムはかなり分かりやすかった。あからさまに戦えと言わんばかりの舞台だったし、戦闘もなんとか道筋が立てられるような弱点が存在していた。

 

 ただ、あれについてはどうすればいいのか皆目見当もつかない。お手上げだ。

 

 戦う、のは論外だ。アレは駄目だ。サヨの存在があちらに悟られた時点で命はないものと思っていいだろう。だとすれば逃げ回るか、隠れるか。

 そもそも何故あいつは急に現れたのだろうか。30分も探索していて兆候すらなかったのにも関わらず、一直線に……。

 そこまで考えて、現状取れる手段が1つだけ思い浮かび、苦い顔をする。

 

「コンティニュー前提のステルス……」

 

 解明すべきは2つ。あいつはどこから出てきたのか、どうやってこちらの位置を把握したか、だ。となると、命を掛け金にしてギャンブルを繰り返すしかない。

 

 方針を立て終わったことを確認して一人で頷き気持ちを切り替える。ひとまず前回探索で得たものを利用して拠点の拡張を――と、タブレットを操作して、訝しみ、理解してしかめ面になった。

 

「……デスペナルティ」

 

 死んでも生き返る、その一点に固執しすぎていてこの可能性を見落としていた。

 

 あえて表現するならば、探索時の持ち物ロストといったところか。先ほどの探索で得た資源が丸ごとなくなっている。ぱっと腰を確認するとホルスターがしっかりとスマートを支えており、装備品は失われないことに一抹の安堵を覚える。

 

「……装備品?」

 

 チョーカーの端を爪でいじって、何とはなしに浮かんだ疑問を確認すべくポケットを探る。指先をくすぐる弾丸を押しのけて、目当てのものを引き当てたことを確認して掴む。

 確認してみると、あの時拾った小さな宝石が手のひらの中でささやかに己の輝きを主張していた。

 

「回避方法はある、けど」

 

 あんまり当てにはできなさそうだ。恐らく素材が所持上限の状態で新たに拾って、それもポケットに入るようなものでないと、多分死を回避して持ち帰ることはできないだろう。

 鼻を鳴らし、何に使えるのだろうかとタブレットを順繰り確認していく。武器強化、拠点拡張ではざっと見る限り用途はない。なら『研究』では――。

 

「お?」

 

 つぶさに確認していく研究とやらの内容、樹形図のように伸びていくその始点、そこから数個先のアイコンを確認して、その内容に疑問を浮かべる。

 

『贖いの宝珠 1/1』という表記、それに続く内容に無理解を示して。


 「デスペナルティ緩和を、緩和」


つまりどういうこっちゃねん、と首を傾げる。デスペナルティ緩和で思いつくのは死亡時の謎の平静だろうか。それをさらに緩和する? シンプルに日本語の意図が掴めない。日本語ではないが。


「あれがなくなるってことかな。だとしたら緩和って言い方はおかしい気がするけど……」


 緩和、字義で言えば厳しさの程度を和らげることだ。現状サヨにとって利点となる事柄に対して使う言葉ではない気がする。


「……ま、当分できないしスルーでいいかな」


 このまま考えてたらゲシュタルト崩壊しそうだし、とよくわからない情報を退けて感情を切り替える。やるべきことは多い、特に気がかりなのは――。



「――だぁあああ!よっ……しゃあ!」

 

 粗暴で乱雑な声を出して勝利に快哉を上げる。目の前にはひび割れたスライムの核とおぞましい粘液が飛び散っており、振り上げた勝利に震える腕を何とか抑え、念を入れて核を完全に破壊すべくもう一発弾丸をお見舞いした。

 

 軽い音を立てて粉々に粉砕された核に、鬱憤を晴らすように脚で踏みつけ、ぐりぐりとすりつぶす。

 

「予想はしてたけど……ほんとに復活するとは」

 

 重なる死をもってして行う闇の向こう――迷路の探索を決心してから気づいた大きな障害だ。死ぬたびこのスライムと再戦していては文字通り命が幾つあっても足りない。というかしんどい。

 

 気晴らしが済んだ晴れやかな頭を振って石柱に近づき、報酬受け取りの文言をタップする。一瞬の光の後現れた雑多な素材を拾い集めて、すり抜けるのを確認して一息ついたと目を閉じた。

 

 ちなみに追加で3回殺されている。1回目は突進を回避しきれず恐らく首を骨折して即死、2回目は心身の疲労からか戦闘中に足がもつれてしまいそのまま嬲られた。3回目は突進は頭のみを狙うという先入観から脚への攻撃を避けられず、折られた脚ではどうにもならず全身をぐちゃぐちゃにされてしまう始末だった。

 リスポーン時の謎の平静がなければとっくに発狂しているだろう。

 

 そして4回目の挑戦、避けきれなかった突進がかすった左腕がじくじくと痛むがなんとか勝利。折れてはいないだろうし許容範囲内だ。

 

「しっかし……最初の敵にしてはキツくない? いや分かってたけど」

 

 スマートからマガジンを引き抜き、ポケットから取り出した弾を1つずつ込めながらぼやく。

 初回撃破時はよほど運がよかったのか3、4発の消耗で済んだが、今回は11発ほど使わされた。ポケット内の残弾はおよそ20発、無駄遣いはできない。

 僥倖だったのは……。

 

「……思ったより、役には立ってる」

 

 弾込めを終え、リロードしたスマートをホルスターにしまい、首に手を当てて酷使した肩をぐるぐると回す。痛みはあるが、初めて銃を扱った頃に比べればかなりマシだ。そう、ほんの2日前に比べれば。

 

 これは別に秘めたる力が覚醒したとかではなく、『スキル強化』によるものだ。新たに取得したのは『筋力補強Ⅰ』と『リコイル減少Ⅰ』。詳しい説明がなかったためぶっつけ本番での確認となったが、体感一割程度は銃を扱うのが楽になっている。

 

 どれもこれもどうやって実現しているのか。とはいえ、こちらに有利に働く変化であるのでありがたく享受はするが。

 

 ぱん、と両手で頬を張って気合を入れ直し、大穴の前に立つ。死を前提とした探索、正直気合いは全く足りていない。が、足踏みもしていられない。

 

 誘拐されてから2日だ。まともなご飯が欲しいのだ。というか水が飲みたい。飲まず食わずにしては何故か元気な方だろうが、それでも脱水でがんがんと脳が軋む。

 

 一応、浄水所か食糧庫のどちらかに必要な素材が揃えば深追いせず撤退する心づもりだ。改めて確認して、辟易しながら長ったらしい通路をゆっくりと進んでいった。

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