第44話 ナショジオⅢ
目の前の男が小ぶりな鎌を手にしたまま姿勢を落とした。らちが明かないと踏んだんだろう。突進して力任せに終わらせる気だ。避けるスペースすらない。サラヴェリーナから離れるわけにもいかない。受けるしかない。
「おおおおおおおおお」
咆哮を上げて突っ込んできた男から一歩だけ横へずれ、肩をぶつけて軌道を逸らす。同時に肘を喉へ叩き込み、体勢を崩したところで相手の顔面に膝を打ち込んだ。倒れる前に手から鎌を奪い取る。……草刈り用の質素な鎌だ。この身体はこんなものでも巧みに操ってくれるんだろうか。ほんの少し期待して、一拍だけ待ってみる。反応しない。くそ。
「……無いよりマシ!」
「がっ! があぁっ、かはっ」
「うるせえな! 邪魔だ!」
足下でのたうち回る男を蹴り飛ばし、鎌を振りかざして周りの人間を下がらせる。こんなのでも少しはやりやすくなるはずだ、最終的に剣を奪えればそれでいい。
「――っ! 離して! 嫌っ! ネイト……っ!」
「!」
背後から悲鳴が上がり、振り返ったときにはもう男たちがサラヴェリーナを羽交い締めにして引きずっていた。駆け寄ろうと踏み出したところで別の男に道を塞がれる。
「邪魔だっつってんだろ!」
考えるより先に喉を裂いた。血が噴きだし、倒れる数秒も惜しくて蹴り倒す。開けた視界に、戦利品のようにサラヴェリーナを受け取るニクラスの姿。
「いつまでも男に守ってもらえると思ったか? 汚らわしい淫売がよ! 」
「汚らわしいのはどっちよ、この卑怯者! 離して!」
「卑怯で結構だよ! 人殺しのお前の男よりマシだろ! 偉そうにしてたくせに結局これじゃ格好つかねえよなぁ!」
忌々しい笑みを浮かべながら俺を見て、うしろから乱暴にサラヴェリーナの身体をまさぐる。見せつけてやがる。あいつはもう知ってしまっている。なにがいちばん俺を不快にさせるかを。
「黙りなさい……! 女の背中に隠れて吠えてるだけのくせに……! 彼は最低だけど、お前のように下劣じゃない! アウラドリイス様はお前のような者を絶対にお赦しにならない……! 真に裁かれるべき者が誰か、すべてご存じよ! 」
「クソアマがっ! 魔族が軽々しく女神様を語ってんじゃねえよ!」
ニクラスがブロンドの髪を鷲掴みにし、無理やりサラヴェリーナの首を反らせた。喉元に短剣を強く押し当てる。刃が肌に食い込み、幾筋もの赤い線が胸元へ流れ落ちていく。
「うっ……」
「おいお前! さっさと武器を捨てろ! 妙なマネしたら、この魔族の首をお前の前で切り落としてやるからな!」
ニクラスの目が笑っていた。こいつは本気だ。一時の全能感に酔ってすべてを台無しにする。火と、熱狂と、正義。理由と舞台は揃っている。手を出せば迷いなくサラヴェリーナを殺すんだろう。俺の所有物は一瞬でガラクタに変わる。
「……まいったな」
迷うまでもない。足元に鎌を放り投げ、ゆっくり両手を上げた。くそったれ。




