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アンチヒーロー・ディストラクション -成り代わりシリアルキラーは異世界でも愉しみたい-  作者: ゆつみ かける


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第42話 ナショジオⅠ

「……ぐっ!」


 誰かに頭を押され、誰かに後ろ腿を蹴られ、地面に膝をつく。なんとか肩を捻り、サラヴェリーナを潰さないよう横向きに倒れた。顔を上げると俺たちを囲む松明とランプの輪ができている。十や二十どころじゃない人影が並んでこちらを見下ろしていた。いままで酒をひっかけていたような奴らもいれば、寝間着のシュミーズ姿の女、毛布を羽織っただけの男、杖をついた老人まで、好奇心と不安を隠せない村人たちが次々と集まってきている。


「……本当に魔族なの?」


「どうして村の中に……」


「あのよそ者か……」


「ベルジェさんの宿に魔族が……?」


 武器をかまえてギラついた悪意を向けてくる奴らよりも、ひそひそとした畏怖を垂れ流しながら群がってくる奴らのほうがずっと鬱陶しい。サラヴェリーナの姿を照らそうと輪が狭まってくる。まだ誰も最初の一手を打って来ない。


「おい! 見つけたぞ、こいつらの馬車だ! 村のはずれに隠してやがった!」


 人垣の外から声が上がり、馬の嘶きが響いた。それを合図に輪の一部が崩れ、乱暴に手綱を引かれた馬たちが引き立てられてくる。あの焦げ跡だらけのおんぼろ荷台、間違いなく俺たちが乗ってきた馬車だ。


「なんだこりゃ……ボロボロじゃねえか……」


「中はもっとひどい有り様だぞ、見ろよこれ」


 促された男が恐る恐る荷台に松明をかざした。まわりの野次馬たちも群がり、容赦なく惨状を照らし出す。


「きゃあああああ、血よ! 血まみれじゃないの!」


「こ、こいつらやっぱり人殺しだ! 魔族が人間を喰ってんだ! この村だけじゃねえ、きっと他でも大勢殺してる!」


「いやああああ」


 ひとりの女が金切り声を上げ、別の女は眩暈でも起こしたように膝から崩れ落ちる。慌てて抱き起こす男たちの隣で、老人がなにかに祈る嘆きの文句を唱えはじめる。泣きだす者、過呼吸に喘ぐ者、狂ったように叫び続ける者、一度火がついたパニックはまたたくまに手に負えない怪物へと育っていく。

 あまりにも教科書通りな集団ヒステリーだ。こいつらにとって馬車の中の血が誰のものであるかなんて重要じゃない。自分たちの恐怖と、これから起こす行動を正当化するための理由として機能すればそれでいい。


「どきな!」


 太く通る怒声とともに騒いでいた村人たちの壁が割れた。目の前にどしりとした影が立ちはだかる。ベルジェだ。額に血管を浮き上がらせて、昼間の愛想のいい女将の面影はどこにもない。たくましい背中の陰からニクラスが顔を覗かせていた。砕けた鼻に血まみれの布を当て、紫色に腫れた唇で勝ち誇った笑みを浮かべている。


「ベルジェ……。チェックアウトの時間はまだだろ。これじゃ、チップを弾む気にはなれねえな……」


「黙りな! この魔族狂いの裏切り者が!」


 大きく振り上げられた手に握りしめられているものを見て、咄嗟にサラヴェリーナの上に覆いかぶさった。ヒュッと嫌な唸りを上げて鉄の火かき棒が背中に叩きつけられる。骨が軋む。だが、予想していたほどの痛みじゃない。筋肉の鎧は偉大だ。


「あんなによくしてやったのに! 部屋を貸して! 世話までしてやったのに!」


 二発目は背中、三発目は脇腹。鉄が肉を叩いて跳ねる。皮膚が裂け、血がシャツを貼りつかせる。棒を振る勢いは増し、ベルジェの怒声が悲鳴に近い叫びへと変わっていく。


「魔族の女なんか連れ込みやがって! 息子までこんな目に遭わせて! 私を笑い者にしてたのかい!コケにしやがって! よくも私の優しさと! 純情を! 弄んでくれたね!」


 母親としての怒り。女としての怨嗟。もはや何に対しての制裁なのかわからない。つくづく救えねえ色ボケ親子だ。あさましい期待が実を結ばず、魔族の女に負けた屈辱。優しさという投資を回収できなかった人間の逆恨み。それでも腕力だけは人並み以上にある。四発目は頭に命中した。視界が白く弾け、耳鳴りがして、半拍遅れで世界が揺れる。温かい液体が生え際から頬へ伝い落ちてくる。


「うっ……」


「ネイト……! やめて! いいのよ! 私を渡せば済むの! どきなさい!」


「……っ、はあ……?」


 サラヴェリーナが涙を滲ませて胸を押し返してくる。滴り落ちる俺の血が、青白い頬や唇を汚していく。ぐわんぐわんと脈打つ痛みが思考をかき回す。

 なにがいいんだ、死ぬほど怯えているくせに。済むわけねえだろ、済ませる気もねえよ。なんなんだこのアホは。自分が屠殺場へ運ばれる家畜と同じ立場だって理解できてねえのか。それともクソ信仰だのクソ自己犠牲だの都合のいいクソ物語に逃げ込む気か? 頭に響く。うるせえんだよ。泣き声も、怒号も、火が爆ぜる音も。ああくそ。もう黙ってろ。泣いてんじゃねえ、こんな奴らのせいで。

 

 痛みが増して増して増して、野次も叫びも高い耳鳴りに飲み込まれていく。血が流れる感触だけ温かく鮮明で、意識が鋭く研ぎ澄まされていく。


 ――ああ。そうか、そうだな。


 ――そうだよ。いいだろもう。俺のものを泣かせたなら。それは立派な「理由」になる。

 

 振りおろされた火かき棒を掴んだ。引き寄せながら上半身を起こし、前のめりになったベルジェを下から睨みつける。

 

「俺たちはおとなしくしてたろ。今夜には出て行くつもりだった。先に手を出してきたのはお前のバカ息子だぞ」


 ベルジェの表情に初めて明確な怯えが混じった。鉄の棒を通してわずかに震えが伝わってくる。俺から本物の殺意を感じ取れたようだ。サラヴェリーナよりはまともな危機管理能力をお持ちらしい。


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