第39話 はやくⅢ
ふと、会話が途切れる。蝋燭の火がひとつ、またひとつと燃え尽きていく。こいつを拒む理由も、遠慮する理由も無くなった。視線が絡んだまま、互いの熱を感じる距離で向き合っている。濃密な沈黙はときに火をつけるための会話より雄弁だ。
「それで、サラヴェリーナ」
「ねえ、ネイト」
言葉がかぶって、どちらも続きを飲み込んだ。サラヴェリーナが小さく笑う。つられて俺も口の端を上げる。そうだよな、考えてることは同じだ。やめる理由がない。かがんで鼻先を触れ合わせる。首の裏に手を回して引き寄せた。吐息が混ざり、唇が重なる。どちらともなく離れ、また同じことを繰り返しては深くしていく。
「もう……傷だらけの女じゃ、なくなったわ……」
「……そうだな。腹、減ってるよな」
うっとりととろけはじめた紫色の瞳に、機嫌が良さそうに髪をかき上げる俺の姿が映っている。ほとんど腕に引っかかっているだけだった外套を脱がせて作業台に広げた。サラヴェリーナが後ろ手をつき、みずから脚を広げて作業台の上に載せる。両手で腰のくびれを撫でると喉を鳴らして背を反らせた。紋様を起点に唇を落としていく。
「でも、っ、いいのかしら……、こんな、死体だらけの場所で……」
床に転がる四人を気にしてはいるが、不安をほのめかす言葉とは裏腹に片手はためらいもなく俺のズボンの前を寛げはじめている。
「二百六十年生きてるんだろ? 死体の横でヤッたことねえの?」
サラヴェリーナが俺を見て、それから宙に視線を泳がせた。なにかしら思い当たることがあるらしい。
「ない……とも、言いきれないというか……当たるに遠からず……というか……」
「興味深いな、それはあとで聞くわ。いまはこっち。どうせすぐ気にならなくなる」
鎖骨のくぼみ、乳房のふくらみ、波打つみぞおちに、臍のしたの薄い皮膚。甘く歯を立てるたびにサラヴェリーナの息が浅くなっていく。床に膝をつき、腰を抱え直したところで軽く髪を引っ張られた。顔を上げるとサラヴェリーナがゆるく首を振っている。
「いい、から、はやく……」
急かす手を軽く払いのけて、内ももをゆっくりと撫でおろす。届きそうで届かないところで止める。
「もう? せっかちだな、おれは過程も楽しみたいんだけど」
「ここ、早く出ていくんでしょう……? 時間が……、ね? だから……っ」
「ふうん?」
手首を片方捕まえて立ち上がる。ついでにもう片方。頭上に押しつけて抵抗できないのを確認してから、また首筋から再開する。しかたない。急かされるほど、ゆっくりやりたくなるんだ俺は。上擦った声で抗議するサラヴェリーナを見下ろしていると、どこまで崩れるか試したくなる。
「もう……! あなただって、するんじゃない……っ、知能の低下……っ!」
「ああ、してるな。しょうがないだろ、お前相手じゃ……」
熱のこもった吐息ごと耳元に吹き込んで、跳ねる肩に笑いを嚙み殺す。愉しい、大丈夫だ、いま俺はちゃんとこいつに欲情できている。胸元に歯を立てていると、コツッ、と乾いた音が聞こえてきた。それは小屋の隅のほうから始まり、ゴロゴロ転がりながら近づいてきて、顔をあげたときにはブーツのつま先に当たって止まっていた。薪だ。
脳内のリミッターが跳ね上がる。音の発生源を睨みつけると、小屋の真ん中、血の海のなかで仲間たちの死体を呆然と見渡している男がひとり。――ニクラスだ。死んだと思っていた廃棄物が地獄の底から這い出してきたらしい。そもそもあの誤作動男に気を取られて、こいつにトドメを刺した記憶が無い。
血が固まった鼻から呼吸ができないのか、ニクラスはあえぐような口呼吸を繰り返している。視線が死体から俺へ移った。信じられない光景を見たような驚愕と、底なしの恐怖。
「ひっ、う、うわ、あっ、うわああああああ!!」
悲鳴。それから脱兎の勢いでこちらに背を向け、小屋の扉へと駆け出す。
「この……!」
反射的に足元の薪を掴み、渾身の力でその背中へと投げつけた。だが、死の恐怖に突き動かされたニクラスの動きは俺の予想よりも早かった。扉が乱暴に開け放たれ、凄まじい音を立てて薪が跳ね返される。堆肥混じりの外気が小屋に流れ込んできた。ニクラスの足音が遠ざかっていく。
「くそっ、邪魔しやがって……」
「ど、どうするの……」
「これが下半身でものを考えた結果だよ。食事はお預け。服着ろ、追うぞ」




