第36話 バカでチョロくてムカつくビッチⅢ
「う、う、うおおおおお!」
顔を上げる。さっきまでカカシ程度の存在感しかなかった男が、薪の山に倒れた仲間の手から剣を抜き必死の形相で構えていた。汗だく、荒い呼吸、どこを狙えばいいのかわからず揺れる瞳。どう見ても、武器になるものなんて農具くらいしか握ったことがなさそうな、ただの村人A。自分を奮い立たせようとしているのか、喉の奥から繰り返し雄叫びを絞り出している。
「お、お、俺だって……! み、み、みんなの敵……! や、やれる! やれる……!」
「うるせえな。やるならさっさと来いよ、うすのろ」
腕の震えがそのまま伝わり、みっともなく剣先がぶるぶる揺れている。空港の荷物検査でうっかり誤作動した大人の玩具みたいな奴だ。止め方がわからず本人だけ真っ青。見てるこっちが恥ずかしくなるぜ。男の背後で、床に転がっていた影がゆらりと身を起こすのが見えた。
「……なあちょっと質問。お前、いままで女を本気で怒らせたことあるか?」
「お、お、おんな……? なっ、な、なんで……」
「怖いぞ女は。ソレに関して躊躇がねえから」
「な、なに言っ――ぎゅうっ!!」
俺の言葉を合図に、立ち上がった影――サラヴェリーナが誤作動男の股間をフルパワーで蹴り上げた。まさに、持てる力のすべてって感じ。ど真ん中だ!と拍手と歓声を送りたくなるが、睾丸の潰れる不吉な音に背筋が冷える。男はうめきながら両手で股間を押さえ、内股で床に膝をついた。
「あ~あ、かわいそうに」
冷や汗と涙でぐしゃぐしゃの顔を見下ろしながら、床に落ちた剣を拾いあげる。
「ひっ、あ……た、助――」
ああ、ラクにしてやるよ。見開かれた瞳のなかに剣を振り上げた俺の姿が映る。刃がきらめいて、命乞いの言葉は首と一緒に床に落ちた。
「アシストご苦労さん」
「ふっ、ふぅっ、ふっ……」
死体をまたぎ、肩で息をするサラヴェリーナに歩み寄る。血と涎を吸ったロープをほどいて口から抜き取ってやった。
「誰がっ、見た目しか取り柄のないポンコツよ!」
「そこまで言ってねーだろ。何だ? いまさら自己紹介か?」
うしろを向かせて、手首に食い込むロープもほどく。擦れて赤くなった皮膚を見て反射的に舌打ちが洩れた。気に食わない。
拘束がとかれた途端、張り詰めていた緊張の糸が切れたのかサラヴェリーナの体から力が抜ける。ずるずるとへたりこみそうになるのを抱きとめて、小屋の隅に寄せられていたシミと傷だらけの作業台の上に座らせた。
「……」
「……」
なにかしらの被害を受けたあとの人間は、解放された直後に言葉をかけられるとかえってパニックを起こすことがある。たとえそれが安心させるための優しい言葉であろうとだ。
クズどもを始末したあと、撮影器具だらけの地下室や糞尿まみれのペット用ケージ、ステンレススチールの検死台が設置された悪趣味なガレージのなかでそういう状態の人間を何人も見つけてきた。まずは自分の五感で周囲の状況を把握させ、もう安全だと確信させる。情報処理の邪魔をしない。そのほうが、後々のコントロールがしやすい。これまでの経験で嫌というほど学んだ。
ただ黙って見つめていると、怒りと興奮で爛々と輝いていたサラヴェリーナの瞳から少しずつ熱が引いていった。アドレナリンが切れたんだろう。冷静になるにつれ自分がしでかしたことと、これからどうなるのかを考え始める余裕ができたらしい。叱られるのを待つ子供みたいに不安そうな上目遣いを向けてくる。
「……あの……、ネイト……」
「……黙ってろ」
濃い血の匂いが小屋の空気を満たしている。燃え尽きそうな蝋燭の頼りない光が、転がった死体の影を揺らす。これ以上ないくらい背徳的な舞台で、俺の心と体は殺しの余韻でまだ熱く昂ぶっている。
手を伸ばす。指先が頬に触れるのをサラヴェリーナは拒まなかった。




