第34話 バカでチョロくてムカつくビッチⅠ
「ぐうっ……!」
カロの顔面に死体の頭部がめりこむ。鼻骨の砕ける小気味のいい音を聞きながら小屋の中へと踏み込んだ。いちいち軋むし、砂や木屑でザラつく不快な床だ。扉の影から招かれざる客が姿を現したことで、中にいた全員の顔が一瞬でこわばる。
男のひとりはサラヴェリーナの脚に手をかけ今まさにナニを押し込もうとしている最中、ひとりは前のめりのアホ面でそれを覗き込んでいて、ひとりはいち早く異変に気付き剣を抜きかけている。
「ひっ、ひっ! 死んでる……! こいつ死んでる! どけろ! どけてくれ!」
床に倒れこみ、見張り男の下敷きになったカロがひしゃげた鼻から血を滴らせて悲鳴を上げた。抜けだそうと手足をばたつかせる体を死体ごと踏み、床へと縫い付ける。
「賊といい、俺といい、こいつらといい……。クズを惹き寄せるフェロモンでも出てんのかお前は? 何度も攫われてんじゃねえよ」
蹴られた胸が痛むのか、つらそうに肘で上体を起こしたサラヴェリーナが俺を見た。朝にはあれだけきらめいていた紫水晶の瞳が暗く沈み、頬は赤く腫れ、くわえているロープには血が滲んでいる。
「……ひっどい顔だな。見た目しか取り柄がねーのに」
「んんっ」
青ざめていた顔に少しだけ血色が戻り、眉を寄せて睨みつけてきた。この状況で俺の軽口に噛みつけるなら、まだ折れてねえな。
「だ、だ、誰だてめえ……! お、俺たちにこんなことしていいと思っ――」
ようやく我に返り、脚のあいだで固まっていた男が騒ぎ出す。見覚えのあるニキビ面。昼に絡んできたうちのひとりだ。俺の見た目がワイルドすぎる賊くずれから鏡も悲鳴をあげて昇天しそうな色男に変わっているせいか、自分が唾を吐きかけた相手だとも気付かない。
「まずその汚ねえ手をどけろ。せっかく綺麗に磨いたのにお前らの腐った性欲の臭いがうつっちまう。夜は風呂使えねえんだよ。それ以上汚す前に返せ」
「な……っ、はぁ……? おま、お前っ、まさか魔族の女なんかのためにこんなこと……!」
「おい! 話しが違うだろニクラス! この女のツレはデカいだけの腰抜けだって言ってたじゃねえかよ! どうすんだよ!? 殺していいのか!? こいつは人間だろ!?」
剣を抜いた男が、股の間で吠える男――ニクラスと俺とを交互に見やり、せわしなく視線を泳がせる。判断を丸投げ。こいつも自分で考える頭はない。ショックを与えれば与えるほど崩しやすくなるタイプ。
「返す気ねえの? じゃあ、俺もこいつのお願いは聞いてやれねえな」
剣を逆手に持ち直し、踏みつけている死体越しにカロの心臓めがけて突き立てた。足の下で体が大きく跳ねて、瞬く間に二人ぶんの血が乾いた床板へ広がっていく。
「ぐっ、うっ、う、なん、で……」
逆流した血を口のはしで泡立たせながら、縋るような目で俺を見上げてくるカロ。なんで? こいつらにとっては魔族の女が原因で自分が死ぬことになるなんて、因果が結びつきもしねえのか。ああ、いいね! クズはこうでなきゃな。くつくつと押し殺した笑い声が聞こえてきて、すぐにそれが自分の喉から漏れているのだと気付く。
「知るかよ」
もう笑いを隠しもせずに、空気を求めてあえぐカロと見つめあう。いい顔だ。理解できないまま終わっていく顔。酸素を失った目が濁り、胸の上下が止まる。なんて素敵な気分だ。この数秒のためにお前は産まれてきてくれたんだろうな。




