第28話 いまは無理Ⅱ
ああ、くそ。いまここまでぶちまけるつもりはなかったのに。思いのほか直球な暴言に普通にムカついた。二百年を超える人生のなかでもトップクラスに理解不能であろうカミングアウトを浴びせられ、サラヴェリーナの勢いが弱まる。
「殺さなきゃ……?」
二人目。ベッドへの誘いを断る機会は何度もあったが、本当の理由まで知ることになった女はこれで二人目だ。マンハッタンの夜景を背にほほ笑む、あの悪魔のような女の顔がチラつく。あいつは「それじゃあいますぐ殺してきなさいよ変態インポ野郎」と若き日の俺を焚きつけ、リストのひとりを始末して血塗れのまま戻ってくるまで本当にベッドで待っていた。あの夜は死ぬほど燃え……イカれた腐れ縁を思い出すのはよそう。どうせもう、会うこともない。いまは目の前のこいつだ。普通の貞操観念を持った女なら、俺の気分次第で体を求められることはないと知り、すこしは安心するところ。……こいつは該当しないな、あきらかに。そして普通の倫理観を持った女なら、人を殺した直後の手で抱かれることにも、ついでのような欲情を向けられることにも耐えられない。お前はどうだサラヴェリーナ。
「あのときは勃ってた……?」
「……六人殺ったあとだったしな。そりゃあもう、痛いくらいに――」
「じゃあ、あのときに抱いてれば良かったのよ!!」
「はあ!?」
倫理観とは? あきらかに殺しと勃起を一度天秤にかけたうえで後者を重要と判断したよなこいつ? なめていた。普通の倫理観をもつ女である前に、サラヴェリーナは食欲と性欲の化身のような存在。勃てば正義、勃たねば悪。お話はそれから。それがサキュバス。殺人よりも機能不全のほうが罪深い。別ベクトルにイカれてやがる。
「むちゃくちゃ言うなお前! あのときの俺はお前にとって誘拐犯で、無理やり奴隷にしてきたクソ野郎で、汚濁した男! 絶対そういう流れじゃなかったろ! むしろ下半身でものを考えずに行動した俺を褒める場面なんだよあれは! 」
「 私には下半身でものを考える男が必要なのよっ!!」
聞いたこともねえセリフを叫びながら、半泣きのサラヴェリーナが近くにあった枕を掴んだ。怒り、悔しさ、飢え、やり場のない欲求、そういういろいろを込めて俺の顔面に力いっぱい振り下ろしてくる。
「おい、バカ!」
腕を盾にして危ういところで受け止めた。こいつ、俺への攻撃が自分自身に返ってくることまで忘れている。二発、三発、悪態とともに猛攻が続く。しんどい。どういう状況だこれは、ガキのお泊り会か? 一発くらい食らってやって、首輪のお仕置きで冷静になってもらうか。そう考えて腕の力を抜きかけたとき、枕がぴたりと動きを止めた。
「待って、そうだわ! 元のあなたが女神さますら唾棄するほどの邪悪な性癖の持ち主だとしても、これは別人の身体なのよね? この見事な健康体、性的機能に問題があるとはとても思えないわ。勃たないのはあなたのこころの問題。思い込みのせいかもしれないわよ?」
「性癖じゃねえ、仕様だって……。あのな、こんなおいしい状況でピクリともしねえんだ。無理だよ、あきらめろ。こいつがもともと種馬並みの性豪だとしても、中身が俺になった時点で上書きされてる」
「ためしてみなきゃわからないじゃない……! 」
「いや、だから……」
ためしたんだよ、できうる限りのことを。あらゆる人種とあらゆる国の、女、男、性別の垣根を超えたやつ。処方薬、市販薬、治験薬、違法薬物。名だたる専門医の治療とカウンセリング、思い出したくもねぇ治療器具。シャーマンとの儀式から、僧侶との瞑想まで。なにをためしてもダメだったんだ。反応するのは殺しのあとだけ。生きる悦びにふるえる俺のこころに呼応するように、普段は尻尾すら見せない欲求がおもてに引きずり出される。それが俺で、つまりどうしようもない。
「その顔と体を条件付きでしか楽しめないなんて……。絶対にあきらめないわ。サキュバスの魅力と技術と底力を見せてあげる。今夜は眠れないと思いなさい。私におあずけをするなんて二百年早いのよ。もうほかの女なんて抱けなくなるわよネイト。至高の快楽地獄にむせび泣くといいわ……!」
「なんなんだよお前のその著しい知能の低下としつこさは……。サキュバスってみんなそうなの……?」
「おおむね、こんな感じよ」
「……はぁ。ああ、もういい。面倒くさくなってきた。好きにしてくれ」
女の体そのものは好きなんだ。見せてくれるんなら見てるよ。嬉々として俺の脚からズボンを引き抜くサラヴェリーナを眺めながら、ベッドに四肢を投げだした。




