第26話 極上のソーテルヌⅡ
「俺だ。開けろ、サラヴェリーナ。手が塞がってる」
ブーツの爪先で扉を小突きながら、腕の中の戦利品がくずれ落ちそうになるのを顎で支える。ベルジェからせしめた一抱えぶんの服の束のほかに、帰りぎわ持たされた採れたての野菜やら手作りの焼き菓子やらが危なっかしいバランスで乗っかっている。
「……どこに行ってたのよ」
すぐに扉は開いたが、出迎えたサラヴェリーナは露骨に不貞腐れている様子だった。土埃で汚れていた肌や髪はしっとりと潤い、すべらかな光沢を帯びている。言われた通り素直に風呂に入り、隅々まで身を清め、さあいつでもどうぞと胸をときめかせながら待っていたら数時間に及ぶ放置。……そりゃあ、拗ねもするわな。着替えるものがなく部屋の中でもあの薄汚い外套を着込んでいるのが、その下で燻る熱を想像させて妙に生々しい。
「ベルジェ……ここの女主人のとこ。ほら、土産だ。たんまり貰ってきたぜ。これで少しは人間らしい格好できるだろ」
「……貰ってきた? こんなに?」
テーブルの上に荷物の山を降ろすと、サラヴェリーナは半信半疑といった具合に目を細めた。それを横目に、ベッドに腰を下ろしひとつ息を吐く。
「正確には愛嬌と話術と筋肉で支払い済み。あの女、どこそこの職人に作らせたとか自慢してたぞ。元はここらの領主の屋敷仕えだったとかで村の中じゃ結構いい身分らしいわ。向かいの酒場は旦那の店、酒と喧嘩好きの穀潰しの息子が三人。あとは何だったかな、パン屋のガキは誰の子か怪しいだとか、三軒隣の後妻に入った女は性格が悪いだとか……。ああ、広場の木には近づくなとも言ってたな。村の守り神みたいなもんで、不敬を働くと災いが訪れるんだと。田舎にありがちな時代遅れの迷信だろ」
「ふうん」
会話に乗ってくる気配なし。こいつは怒ると騒ぎ立てるタイプかと思っていたが、実際は静かにキレるタイプなのかもしれない。面倒だな。こういう空気のとき、下手に出ると機嫌がなおる女もいれば余計に気分を害す女もいる。とりあえず、お前のことを忘れていたわけじゃないと伝えておくのが懸命。
「それ、ほとんどお前のために見繕ったんだ。試してみろよサラヴェリーナ。服のほかに目を隠せそうなヴェールとか、首に巻けそうなショールにスカーフもある。銀貨四枚分の元は取れてると思うぜ。笑顔のひとつでも見せてくれりゃ、疲れも帳消しになるんだけどな」
「……そう、ありがとう。でも今はいいわ」
服の山にはもう一瞥もくれず、サラヴェリーナがこっちへ歩いてくる。ベッドに座る俺の目の前に立つ。無表情で見下ろしてくる紫の瞳が、据わっている。――ああこれは、怒りじゃなく強烈な乾き。獲物を前にした動物の目だ。気付いたときにはもう遅い。留め具が外され、外套が白い肩をすべり落ちた。
「おい……」
伸びてきた両腕に肩を押される。大した力じゃねえ。抵抗すりゃ、赤子の手をひねるより簡単に払いのけられる。そうできないのは、一糸纏わぬこの女の体が単純に美しいから。目を離すのが惜しいから。ベッドに倒れ込むと同時にしなやかな身体が腰の上に跨ってくる。
「……これがサキュバスの捕食スタイル? 刺激的だな」
「黙って」
高圧的な声、空腹と苛立ちで輝く瞳。胸を抑えつけられ有無を言わさず唇を重ねられた。柔らかなブロンドがさらさらと顔を撫でる感触がこそばゆい。薄く開きはじめた隙間に促され、舌を差し込んで応える。容赦なく流し込まれる欲の熱さに対して俺はと言えば、ワインのテイスティングでもしている気分。感触と味、息を継ぐタイミングに漏れる声、二百六十年物の味わいはなかなか奥深い。蜂蜜と熟れたアプリコットを煮詰めたような舌に絡みつくねっとりした極甘口。官能的で背徳的、手間と時間をかけて作られた極上の貴腐ワイン。そんな感じ。
名残惜しそうに、物足りなさそうに、サラヴェリーナの唇が離れていく。細く光る糸をぬぐった指が筋肉の隆起を楽しむ手つきで腹を這う。徐々に徐々に、下へ下へ。
「なんのつもりか知らないけど、逃げ回るのはやめなさい。食事の時間よ」




