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アンチヒーロー・ディストラクション -成り代わりシリアルキラーは異世界でも愉しみたい-  作者: ゆつみ かける


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第25話 極上のソーテルヌⅠ

 なんとかして今すぐ()()にありつこうと、あの手この手で渋るサラヴェリーナを風呂小屋に追い立て、部屋を後にした。向かった先は一階のカウンター。使える見た目だとわかったからには、他の人間でも試してみたくなるのが捕食者の(サガ)というもの。生まれついての卑しい習性はどうにもならない、舐め腐ってくれた相手には特に。

 女主人は椅子の上で肘をつき、退屈そうに繕い物をしていた。俺の足音に気づくとうんざりした目でこちらを睨みつけてくる。

 

「よお、おかみさん。お疲れさま。いい風呂だったよ」


「!?」


 裸のままの上半身を惜しげもなく晒し、乾きかけの髪を手櫛で雑にかきあげて明るく声をかける。ハリウッド映画ならここでスローモーションがかかって、腹筋、胸筋、鎖骨へとレンズがねっとり這い上がり、歯列矯正のコマーシャルモデルのような爽やかな笑顔がキラッと輝いてフィニッシュしてるとこ。現に女主人はさっきまでの険しい顔つきが嘘のように頬を染めている。


「な、なんだいあんた……? うちの客かい……? あ、あんたみたいな、お、お、男前、うちにいたかね……?」


 おくれ毛をそそくさと耳にかけ、大きく開いていたブラウスの胸元を直す仕草。不機嫌な宿屋の主から、若い村娘みたいな照れ笑いへ。変わり身の早さはうちのサキュバス並み。

 

「ははは、サッパリしただろ? 俺だよ、怪しいよそ者二人組の片割れ。泊めてくれた礼をちゃんと言いたくてさ。いま時間いい?」

 

「……!? な、な、なんだ、そ、そうだったのかい……? こりゃまあ……ずいぶん雰囲気が変わって……。 礼なんていいんだ、困ったときは助け合わないとね……! お、お連れさまの調子はどうだい? 手伝えることがあるなら何でも言っとくれよ」


「おかみさん、本当に親切な人だな……。ありがとう、あんたみたいな人がいてくれると助かるよ」


 甘えるように声をやわらげ、肘をついてカウンターにもたれかかる。さり気なく間合いを奪ったあと、荒れて節くれだった手の甲に自分の手を重ねた。

 

「ああ……っ、なんだい、おかみさんだなんて水臭い……! 私とあんたの仲だろう、ベルジェと呼んどくれ……!」

 

「ベルジェ? へえ、力強くて聡明で、あんたにぴったりの美しい名だ……じゃあ、遠慮なくそう呼ばせてもらうよ。俺はネイト、よろしくな」

 

「ネイト……」


 うっとりと名を呟きながら見上げてくるベルジェへ身を乗り出し、体の影で彼女を覆う。囁き声がぎりぎり届く距離まで、さらに顔を近付ける。

 

「それでな、ベルジェ。実は困ってることがあってさ。森で荷物をいろいろ無くしちまって、俺もツレも着替えが足りてねえんだよな。ほら、いつまでもこうして裸でうろついてるわけにもいかないだろ? なにか融通してくれると助か――」

 

「なんだいそんな事! いいものがあるよ! 来な!」


「!?」


 言い終わるよりも早くがっしりと腕を組まれ、受付の奥の部屋へと引っ張り込まれた。使い古された大きめのベッドや壁にかけられた色あせた家族の肖像画を見るに、夫婦の私室らしい。隅には金具のついたトランクが置かれていて、埃まみれの蓋を開けると中から色とりどりの布が覗く。腕まくりをしたベルジェが中をかき混ぜながら次から次へと服をベッドの上に広げていった。……なんだ、良かった。てっきり問答無用で押し倒されて、ヘビー級の中年の情熱に骨盤を折られることになるかと冷や冷やしたぜ。ズボンのポケットに突っ込んでいた右手の力を抜き、握りしめていたナイフの柄を放した。

 

「こっちは旦那が若い頃の服さね。もう入らないくせに未練たらしくこんなにしまい込んでるんだよ。息子たちにはサイズが合わなくてね。あんたに着てもらえるなら宝の持ち腐れにならずに済む。どれでも好きなもん持って行ってくれていいよ!」

 

「助かるよベルジェ。そっちは? ずいぶん華やかだな?」

 

「これは私がまだ独り身だった頃に仕立てさせた服さ、手織りと草木染めで有名なジャラ村の職人のものだよ」


 襟ぐりが大胆に開いたワンピース型のチュニック、細やかな金糸の刺繍が走るコルセット、繊細に編み込まれた細帯、どれも派手さこそないが、ひとつひとつ丁寧な手仕事で作られた品だった。その中の特に華奢なコルセットを一枚つまみ上げてベルジェに重ねるようにかざす。

 

「これを締めてたのか? セクシーだな、ずいぶん男を泣かせてきただろ? 隅に置けないなぁベルジェ」


 もちろん、今の彼女が着れば生地が悲鳴を上げて弾け飛ぶだろうことには触れない。紳士の沈黙。時の流れは残酷。俺にも慈悲の心くらいある。

 

「やだよぉ、もう……! ほら、好きに選んでおくれ、私はお茶とお菓子を用意してくるからね」

 

「悪いな、ありがとう」


 機嫌よく鼻歌まで歌いながら炊事場へと消えていくベルジェの背中を見送り、改めてベッドの上の服に視線を落とした。

 

「お茶とお菓子ねえ……」

 

 いつのまにか退屈なお茶会に付き合わされることが確定している。まあいいか。面食いなサキュバスの証言だけじゃ心もとなかった、使える顔と身体の性能テストは合格点。話相手をしてやる駄賃代わりに遠慮なく高そうな服から頂いていくとしよう。



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