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アンチヒーロー・ディストラクション -成り代わりシリアルキラーは異世界でも愉しみたい-  作者: ゆつみ かける


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第21話 偽装Ⅰ

 年季の入ったカウンターの向こうで、恰幅のいい中年女が帳簿をめくる手を止めた。顔は上げず目だけを動かしこちらを睨む。小汚い俺の格好と、隣で全身を覆い隠している不審な人物の姿をみとめ、眉間の皺を深くした。


「二人だ。一晩頼みたい。部屋は空いてるか?」


「そいつはなんだい。お尋ね者じゃないだろうね。面倒ごとはごめんだよ。他を当たりな」


 ぴしゃりと言い切られ、野良犬を追い払うように手の甲でしっしとあしらわれる。客を選ぶ権利があるということは、この女が宿の主人か。


「……そう言わずにさ、頼むよ」


 明かり取りの少ない薄暗い室内。至るところに蝋燭が置かれ頼りない炎を揺らめかせている。おそらく安価な獣脂を原料にした蝋の臭いが建物全体に染み付き、この場に立っているだけで胸焼けを起こしそうだ。とても頭を下げてまで泊まりたいような場所ではないが、この小さな村に他にも宿があるという保証はない。だったらやる事はひとつ。懐から小袋を取り出し、魅力的な貨幣の音を響かせながらカウンターの上に置いた。女の眉がぴくりと動く。


「汚ねえ格好で邪魔して悪い。こう見えて怪しいもんじゃないんだ。森でモンスターの群れに襲われちまってさ。まったく参ったよ、あんな化け物がいるなんて知らなかったんだ。命からがら逃げだせたけど、ほらこの通り、ひどい格好だろ? おまけにツレは火の玉で肌をやられちまって……」


 大袈裟な身振りと、仲間を憐れむ旅人の声色を作ってサラヴェリーナを示す。


「あまり見ていて気持ちのいいもんじゃないからさ。人目に触れないように気を使ったつもりだったんだが……村の人間に余計な不安を与えたみたいだな。すまなかった。あんたが安心できるなら、確認してくれ」


 手を伸ばしてフードの端を掴む。めくりあげようとした瞬間、女主人が派手な音を立てて帳簿を閉じた。


「結構だよ、そんなもの見たくない。ちっ……あのケダモノ共、まだこのあたりをうろついてるのか。猫ってのは本当に、執念深くて嫌になるよ」


 顔を歪ませ、吐き捨てるように呟く。あの火を吐く猫はこの村の人間にまで手を焼かせているらしい。やっぱり長居すべき場所じゃねえな。サラヴェリーナの言うとおり、用が済んだらさっさと出て行こう。

 

「……二人で銀貨四枚だよ。風呂は別料金、裏の小屋さね。使うなら追加で銀貨一枚ずつ。うちは寝る場所を貸すだけ、食事がしたきゃ向かいの酒場に行きな」


「ありがたい。それじゃ、風呂付きで頼むよ」


 たぶん少しばかりボられてるんだろう。サラヴェリーナが何か言いたげに身じろぎしたが、気付かないふりをしてカウンターに銀貨を六枚並べる。女は一枚一枚の裏表をギラついた目で確かめ、爪で弾き、歯で噛んで、納得するとカウンターの下にしまった。どこまでも礼儀を知らねえ、まるで西部劇の登場人物だな。

 

「部屋は二階の突き当たりだよ。夜になれば湯が冷めちまうから、風呂は日暮れまでに済ませな」


 愛想良く頷いて見せる。女主人は背後の棚から木札を二枚取り出し、放るように渡してきた。札の片方には「7」、もう片方には風呂桶の絵、麻ひもで鍵が結ばれている。部屋用と風呂小屋(バスハウス)用らしい。とりあえず、今夜の宿は無事に確保。



***


 

「息をするように嘘をつくのね……」


「あんなブラフに引っかかるほうが悪い。なんだよ、正直に言えばよかったか? ほぼ裸の飢えたサキュバスを連れてきましたって?」


 背負っていた麻袋を床に放り投げ、ベッドに腰掛けて上半身をマットレスに沈める。干し草が敷き詰められているらしいそれの寝心地は最悪で、硬く凹凸だらけ、少しでも動けばガサガサと耳障りな音をたてる。安宿ゆえのクオリティであってほしい。これがこの世界の寝具の一般的な仕様なのだとしたら、新たな拷問だ。当然のように一台しかないベッドの他には、簡素な木のテーブルと椅子。それだけ。


「これで銀貨四枚だなんて……。ぼったくりもいいところだわ」


「どうせ一晩だけだ、あの汚ねえ馬車で寝るよりマシだろ」


「それでも……! もう……! 残りいくらか把握して使ってる? 旅にはお金がかかるのよ?」


「いざとなれば誰か襲うかな。それより風呂どうする? 先に使うか? 一緒に入る?」


 呆れと軽蔑を込めた目でこちらを見下ろすサラヴェリーナが、ため息とともに脱いだ外套を投げつけてきた。首輪に攻撃とみなされない程度のぬるい反抗だ。


「お先にどうぞ。私は荷物を整理して必要な物資の確認と予算計画を立てておくわ。あなたに任せていたら、本当に通りすがりの誰かを襲って路銀を稼ぐことになりそうだし」


「じゃあ頼むわ。よろしくな会計係さん、盗賊になるかどうかはお前にかかってるぜ」


 コインの入った袋をサラヴェリーナに渡し、床に放り出していた麻袋の中を探る。剃刀なんて気の利いたものをあの賊たちは持っていなかった。刃先を確認し、いちばん切れ味の良さそうなナイフを一本選ぶ。それから見つかると面倒な銀のチョーカーを布切れに包みブーツの内側に押し込んだ。


「……ねえ、勝手に村の外に出たりしないでね。 首輪、あまり離れるとまずいかもしれないから」


「了解」


 少しだけ不安そうな声に短く答えて部屋を出た。どのくらいの距離でまずいことになるのか。そのうち試してみねえとな。

 

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