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アンチヒーロー・ディストラクション -成り代わりシリアルキラーは異世界でも愉しみたい-  作者: ゆつみ かける


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第18話 余裕でいけるⅠ

 陽が昇るころには、簡易的な柵に囲まれ人の手が入っていることがわかる畑と牧草地に差し掛かった。家畜が草を食む姿を見ていると嫌でも自給自足の生活様式を予測させる。スローライフに憧れる干し草インフルエンサーや、大麻(ウィード)堆肥(クソ)の臭いをありがたがるオーガニック信者が涎を垂らして飛びつきそうな田舎の村へと続く轍。そこから少しだけ外れた小川のそば、数本の木々が密集した、林と呼ぶには心もとないが人の目を避けて馬を繋いでおくにはおあつらえ向きの場所で馬車を停めた。


「ここで降りる」


「どうして? 村まですぐそこじゃない」


「一応、誘拐に使われた馬車だしな。あちこち焦げてて荷台は血まみれ、こんなもんで乗り付けたら何かありましたって宣伝するようなもんだろ。詮索と面倒は避けたい、念のため」


 御者台から降りて、もたつくサラヴェリーナに手を貸す。明るいところで見ても曇りひとつないつややかな肌、そして凄まじくひどい恰好。ここが独身さよなら(バチェラー)パーティーの会場で、こいつがそこに呼ばれたストリッパーなら文句なしの百点満点。いくらでもチップをねじ込んでやる。だけど残念ながら、ここはいかにも娯楽の少なそうな小さな村。ストリッパーが散歩をするのに適した場所とは思えない。


「こっち来い。あいつらでも着替えくらい持ってるだろ、なにか着るもん探すぞ。ていうかお前、その格好について恥じらったりは一切ねえのな?」


 荷台に乗り込んで、散乱した荷物をあさる。サラヴェリーナは血の染みた荷台に上がるのが嫌なようで、手伝うわけでもなく腕を組んで傍に立っていた。ボロボロのドレス、というか布切れと紐状になったものが豊かな胸をこれでもかと強調している。


「なに? 私はサキュバスなのよ? 男性の視線なんて集まれば集まるほどいいに決まってるじゃない。この美しさは女神様から与えられた祝福であり、武器なの。私の体のどこに恥じらう要素があるのよ?」


「ねえな。早く食っちまいてえよ。楽しみだな」

 

「……」


 ふんぞり返るサラヴェリーナへそれだけ返すと、自信満々の表情がやや引きつって、バツが悪そうに視線を逸らされた。


「お前は、少し考えて喋ったほうがいいな」

 

「……余計なお世話よ」

 

 少量の食材、酒臭い毛布、赤黒いなにかが染みたロープ、木や陶器でできたジョッキ、得体の知れない干し肉、同じく得体の知れない発酵した液体が入った革袋、盗品と思しき装飾品の数々、コインの入った小袋、質素なナイフが数本、木箱にまとめられた火打ち道具一式。がらくたと、まだ使えそうなものを選り分けながら麻袋に詰め込めるだけ詰め込む。捨てるか売るかはあとで決めりゃいい。いつ洗ったのかもわからない汚いシャツやズボンに混ざって、泥のついたフード付きの外套も見つけた。


「ほら。これでいいだろ」


 投げて渡すと、外套を受け取ったサラヴェリーナがおそるおそる鼻を近づけ、すぐに眉をひそめる。


「へんな臭いがする」


「あとはゲロ臭いシャツと小便臭いズボン。取り替えるか?」


「……これでいいわ」


 不満そうにこびりついた泥をはたき落としている隙に、麻袋の底へ銀のチョーカーを潜り込ませた。誰かを強制的に奴隷にできる道具がまだあることを知られれば間違いなくうるさく騒ぐだろうし、説明も面倒。使う気はなくとも、サラヴェリーナの言うとおり裏で価値ある品なら取っておいて損はない。いざという時の交渉材料か換金アイテム。保険は多いほうがいい。


「ねえ、その中にルミナサイトがなかった?」


「ルミナサイト?」


「知らない? 魔石を精製して作られた魔力結晶よ、魔法の効力を高めるの。私のはこれくらいで、緑色。見た目は宝石に近いわ。杖に埋め込んでいたんだけど襲われたときに奪われたのよ。折って取り外してるところまでは見たんだけど……」


 サラヴェリーナが外套を羽織りながら人差し指と親指で直径五センチほどの輪を作って見せる。結晶の大きさを示しているらしい。指輪やらブレスレットやら装飾品の詰まった小袋を放ってやる。


「価値のありそうな装飾品はそれで全部だ、デカいのはなかったな。森で死んだ誰かが持ってたんじゃねえか?」


「最悪……あの純度いくらしたと思ってるのよ……。ねえ、取りに戻るのは――」


「諦めろ。いまごろ邪悪な猫の腹の中」


「はぁ……大損だわ。これ全部売っても足りない」

 

 ひととおり中身をあらためたサラヴェリーナは、すぐに興味を失くして袋を投げ返してきた。それから外套の留め具を首元まできっちりと留め、フードを鼻先が隠れるほど深く被る。頭からつま先までを覆い隠し、余った布を手繰り寄せて隙間なく合わせ目を閉じた姿は不審者そのもの。夜な夜な人目を避けて集う悪魔崇拝者のようなうしろ暗さが全面に滲み出ている。


「カルト集会のお呼ばれじゃねえんだぞ、目立つなって言ってんだろ。それじゃ怪しすぎるわ。顔くらい見せろよ」


「しょうがないじゃない! 奴隷の紋様なんて見せられないし、瞳を隠さなきゃ……」


「瞳がなんだよ?」


 フードの縁に指をかけて持ち上げ、顔を覗き込む。明るい陽の下、至近距離で見るそれの印象は闇の中で見たときよりも鮮烈だった。滑らかな白目にじわじわと染み込む紫のグラデーション。小さな円の中で幾重にも重なった紫の濃淡が、光を反射して複雑にきらめいている。濡れた宝石を眺めているような、妙に肉感的で冷たい不安定な美しさ。これはたしかに……対峙した者を惑わす魔性だとすぐにバレそうだ。サラヴェリーナは瞼を伏せると、深くフードを引き下ろした。


「わかった? この瞳がサキュバスの血を引く証よ。だれかれ構わず見られたくないの」


「……もったいねえな、綺麗なのに」


「……知ってるわよ」



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