第14話 チェイス!チェイス!チェイス!Ⅲ
「……っ、仕方なかったのよ……あのときは、ああするしか……」
「わかってるよ」
地面に飛び降り、馬車の周りをぐるりと一周しながら損傷具合を確認する。あちこち黒く焦げ、降りかかった火の粉で帆にはいくつも小さな穴が開いているが、車輪の軸は無事。火種も残っていない。致命的な損傷はなさそうだ。
「おんぼろのくせによく持ちこたえたな……」
荷台に散らばった野菜や果物を適当にかき集め、興奮でまだ荒い鼻息を吐く馬の前に差し出す。
「お前たちのおかげだな。怖かったろ、よく頑張ったよ」
馬たちはじっと俺の目を見つめたあと、差し出された餌にかじりついた。火球を浴びてもまだ御者に耳を傾ける従順さ。あのクズ共が囲っていたにしては良い馬だ。それともこの世界の馬にとって、モンスターに追いかけまわされるくらいは慣れっこなのか。
「ねえ……」
頭上からサラヴェリーナの声が降ってくる。馬の首筋を撫でながら見上げると、怒りとも戸惑いともつかない複雑な表情を浮かべてこちらを見下ろしていた。
「……あなた、最初から子供を追う気なんてなかったんでしょう。あれはただの脅しね……」
言葉にしてみると確信が湧いてきたのか、揺れていた紫水晶の瞳がすうっと細められる。
「もし私が逃げていても、口封じにあの子たちを殺す気なんてなかった……」
「あたりめーだろ。ガキなんて殺ったら夢見が悪くなるわ。ありゃ純粋な被害者、殺す理由がねえだろ」
その返答に、サラヴェリーナが険しい顔で身を乗り出す。
「私だって純粋な被害者だったじゃない……! 信じられない……、なんて奴なの……!」
「お前は余計な事しただろうが。正しい行いが報われるとは限らねえの、そういうもんだろ人生って。理不尽だよなぁ。わかるわかる。善人は骨の髄までしゃぶられて、悪人はぶくぶく肥え太る。世界は神が気まぐれに作ったクソ溜めだな」
批難の言葉を適当に受け流し、落ち着きを取り戻した馬たちの足元にしゃがむ。馬蹄と脚の具合も問題ない。まだまだ走れそうだ。一頭が頭の臭いを嗅ごうと鼻先を髪のあいだに押し付けてくる。軽く叩いて立ち上がり、再び御者台に乗り込んでサラヴェリーナの隣に腰を下ろした。
「おまけにお前は見た目が俺の好み。クソ溜めに咲いちまった薔薇だよ。ツイてなかったなサラヴェリーナ。可愛い顔してると損するもんなんだ。お前みたいに馬鹿正直な奴はとくに、俺みたいな男に奪われるだけ。心当たりは?」
なにかしら心当たりがあるらしく、サラヴェリーナが口ごもる。長い髪を一房すくいあげると、土埃まみれで艶を失っていた。これはだめだ、手入れしてやらないと。
「言ったろ、悪いようにはしないさ。俺の所有物なら一流じゃねえとな。美しくいてくれないと持ち主の俺まで安物に見えるだろ。お前には傷ひとつつけねえよ」
首元に手をかけて、淡く光る奴隷の印をなぞる。気まずそうに視線を逸らされるが、もう叩き払われたりはしない。
「あなた、何者なの……。態度も、空気も、私たちを攫ったときとは、別人だわ……。それに運命が変わるなんて、何が起こってるの……?」
手綱を握り、舌を鳴らして馬たちに前進の合図を伝える。平原の先に散らばる大岩や丘の向こうに、集落らしき小さな灯りが、ぽつり、ぽつりと瞬いていた。
「とりあえず、あの灯りを目指すか。夜は長いぜサラヴェリーナ。時間はたっぷりある、ゆっくり話そう」




