第13話 チェイス!チェイス!チェイス!Ⅱ
「はあ……火を吐く猫は想像してなかったわ、せいぜいでけえ狼程度かと……ネコ科はちょっとなぁ……」
「追ってきてるわよ!? この死体のせいよ、獲物を横取りしたと思われてるんだわ! 」
「だろうな」
ギャウ、ギャウ、と敵意むき出しの鋭い鳴き声が、うるさく軋む馬車を追ってくる。二発目、三発目、四発目、矢継ぎ早に飛んでくる炎の弾がすれ違う木々の幹を抉っては木片を爆ぜ散らし、車輪すれすれに着弾しては馬車全体を跳ね上げる勢いで大きな揺れを起こす。サラヴェリーナ側の幌をかすめて後方で爆ぜたものは、金髪を焦がさんばかりに火の粉を舞い散らせた。車体のどこかを焼いたのか、鼻を突く煙の匂いが漂ってくる。
「きゃああっ!」
「うっ……、くそっ!」
すぐ近くの土がはじけ飛び、怯えた馬が悲鳴のような啼き声をあげながら大きく前脚を浮かせた。歯を食いしばって手綱を腕に絡め、力づくで引き戻す。両脚で踏ん張って、振り落とされそうになる身体を支えながら進路を保たせる。サラヴェリーナはほとんど泣きそうな顔で死体をはさんで俺の腰にしがみついていた。
「オヴィンニクは執念深いの! これ早く捨てて! 早く捨ててよ! 馬がやられたらおしまいよ!」
「……っ、もう少し待て、もう少し――」
ゴッ、と鈍い音とともに熱気が頬をかすめる。腰に回された腕に力がこもり、ぐらぐら揺れる死体の頭がもたれかかってくる。
「邪魔だお前!」
「もういやああ!」
***
しばらくめちゃくちゃに走り続けたあと、不意に木々の壁が途切れた。枝葉に遮られていた視界が開け、月明りに照らされたなだらかな平原へと躍り出る。冷たい夜風が汗ばんだ肌と服の隙間に入り込むのが心地いい。目を瞑り、もう一度、意識を研ぎ澄ます。
――来た。妙な気配と共に、頭の奥で組み立てられる立体地図のイメージ。背後から迫る無数の光点。まだ猫たちが馬車との距離を詰めようと走り続けている。生々しい殺意、強い渇きと飢え。そのずっと奥、俺たちが突っ切ってきた森の奥へと意識を集中する。
「……よし。もういいだろ。これ持ってろサラヴェリーナ」
「え? え? ちょっと……!」
ほとんど押し付けるようにサラヴェリーナに手綱を握らせ、死体を担いで立ち上がる。
「ほら、待たせたな。仲良く喰えよ!」
勢いをつけて、群れのど真ん中めがけて死体をぶん投げた。転がってきた体を見て数匹は反射的に散開、鈍そうな奴らはボウリングのピンみてえに弾き飛ばされ、急ブレーキをかけた互いがぶつかりあい、見事に統率が乱れる。砂煙の立ち込めるなか体勢を立て直したやつらが未練がましくこちらを睨んではいたが、これ以上追ってくる様子はない。一匹が死体の腹に噛みついたのを皮切りに他も次々と群がりはじめる。俺たちのことより目の前の食事を選んだようだ。各々引き裂いた部位を口に咥え、森に引き返していく。
「結局捨てるんじゃない! なんで最初からそうしなかったのよ!」
「はあ……バカ。バカなサラヴェリーナ」
わざとらしく深く息を吐き、御者台に腰を落ち着ける。
「ここまで引き付けりゃ、逃げたガキ共が生きのびる確率が高まるだろうが」
「……!」
「あんなのがうろついてる森にガキを逃がすのは、愚かじゃねえのかよ?」
頭の奥に残る残響。森の中であの力を使ったときに「視えた」のは殺気を飛ばす猫たちだけじゃない。そう離れていない場所で、何度も立ち止まりながら身を寄せあって移動する怯えた四つの光点――サラヴェリーナの逃がした女と少女たち。わざわざ探して救いだす義理はないが、生存確率を少し高めてやるくらいならそう手間でもない。距離は稼いだ、少なくとも今夜は乗り越えられるはずだ。あとは運次第。それも尽きているのなら、弱いやつは死ぬしかない。
唇を開いたまま言葉を失っているサラヴェリーナから手綱を受け取り、ゆっくり引き絞る。馬たちは徐々に速度を落とし、やがて完全に歩みを止めた。




