第12話 チェイス!チェイス!チェイス!Ⅰ
悔しそうに唇を引き結ぶサラヴェリーナを御者台に押し上げたあと、剣を回収して荷台へと回る。目的は散乱する荷物に混じって転がる、あのまぬけの死体。筋肉の張りを失い弛緩した体を引きずり出して肩に担ぐ。無駄に重く、手足がちぐはぐにぶつかりながら腿や尻を叩く感触に、意識を失った獲物を隠れ家に運び込む懐かしい作業を思い出した。過去は異国である――とは、L・P・ハートリーの言葉だったか。そう遠くないはずなのに、もと居た世界での出来事がうんと古い記憶のように感じる。
「グルルル……」
小枝の折れる乾いた音が何度か響いたと思ったら、木立ちの闇の中から黒い影がぬるりと姿を現した。唸りながら四本の足で歩く姿は、やはり狼に近いように見える。二匹、三匹、四匹、五匹、六匹……次々と輪郭を持つ影。頭であろう位置に光る赤い点――燃える石炭のような眼が、静かに後ずさる俺の姿をじっと捉えている。
「ははっ。マジか……」
喉から乾いた笑いが込み上げた。雲間から差した月明かりに照らされた奴らの姿は、俺の想像していた狼の姿とだいぶ違う。濡れたように艶めく体毛は、夜そのもののような深い黒。ピンと尖った大きな耳。しなやかな筋肉と、美しい流線型のフォルム。狼じゃない、猫だった。ジャガーやピューマを闇に溶かして、神話と悪夢を一滴ずつ混ぜ込んだような、邪悪なデカい猫。唸る口の端から赤熱した煙が漏れている。考えたくはないが、あの猫はおそらく、攻撃手段として火を使う。正真正銘のモンスター……。マジかよ、マジでいやがった。
「ロォォン」
「グワァォン」
次から次へと現れるデカい猫たちのうち、数匹は地面に転がるトカゲ男の死体へ向かい肉を喰らい始めた。だがほとんどは俺と俺の担いでいる死体から目を離さない。ヒリヒリするような熱のこもった殺気を全身に受けながら、また一歩、後ずさる。隙を見せた瞬間に襲いかかってくる。群れとはいえ、この身体の性能を考えれば自分の身を守るくらいどうにかなるだろう。だけど馬車に火をつけられたら? 馬に喰いつかれたら? サラヴェリーナを引き裂かれたら? あいつは猫から見てもご馳走だろうが、いまはれっきとした俺の所有物だ。横からかっさらわれてたまるかよ。だから、動きは最小限。気が散るような声や音は出さない。とにかく相手を刺激せず、移動手段と、か弱い同行者の安全確保が最優先――
「ちょっと…… あなたさっきから何やって――きゃあ! うそ、やだ! 」
痺れを切らしたサラヴェリーナが顔を覗かせたらしい。背後から間の抜けた声がして、次にはお約束の悲鳴をあげた。間違いなくホラー映画の冒頭で死ぬタイプの女だ、あいつは。猫たちが身を低くして後ろ足を蹴り出す構えを見せる。急いで回れ右をして、雪崩を打って走り出した姿を横目に御者台へ飛びついた。
「なに考えてんだよ、お前は!」
「は、早く! オヴィンニクの群れよ! 早く出して! こんな馬車、簡単に燃やされるわ! 」
「オヴィ……? んだよそのマイナーモンスターは……。ああもう、ほら詰めろ!」
騒ぐサラヴェリーナの隣に死体を叩きつけ、腹いせも兼ねて雑に押し込む。
「やだ! な、な、な、なんなの!? なんで死体!? こんなの載せないでよ……!」
「うるせえ、考えがあんだよ。いいから掴まってろ。死体も落とすなよ」
手綱を強く握り、馬の尻に追い鞭をしならせる。乾いた音が夜気を裂いたのとほぼ同時に、ゴウッと熱風が頬を撫で、馬のすぐ横にバスケットボール大の火の玉が着弾した。土が弾け飛び、草が瞬時に焼け焦げて黒煙が立ちのぼる。恐怖に駆られた二頭の馬たちが甲高い嘶きをあげ、地をかきむしるようにしながら一気に加速した。ファンタジーの序盤に出てくる魔法としてはお馴染みの「ファイアーボール」の威力を、4DXを超える迫力で体験できるとは。なかなか悪くない。テンション上がらなくもないよ。だが、生身の体に食らうのはさすがにご遠慮願いたい。




