第11話 剣と魔法のファンタジーⅡ
「とにかく、使用者のあなたが否定すれば解けるはずなの! 早く取り消すと言いなさい! いますぐ!」
気色ばんだサラヴェリーナが立ち上がって詰め寄ってくる。そもそも、こういう気の強い女は自分から喜んで跪くよう作り変えていく過程が楽しいんだろ。痛みで強制なんてダサいマネ、誰がするか。
「わかったわかった。とりあえず落ちつけ。お前は欲しいけど、これはさすがに趣味じゃない。その、呪縛? とやらは取り消す、いいな? おい首輪、そいつから離れろ。奴隷なんかいらねえ」
首輪に話しかけるなんて馬鹿馬鹿しいが、ほかに作法を知ってるわけもない。発動自体は簡単にできたんだ、解除だって問題ないはず。赤い光がほとばしって、焼けるような熱がぶり返して、焼き印が綺麗さっぱり消えうせて、輝くチョーカーが地面に転がり落ちる――。
「……なんも変わんねえな」
おとずれたのは完全なる沈黙。というか静寂。変化の余地も、希望もないやつ。
「ああああ……! なんてこと……! 籠められている魔力が強すぎるんだわ、そういう道具は簡単に理に背いたりしないの……」
「壊せねえのか?」
「どうやって? 実体がないのよ? それともあなた、これを解けるほどの解呪魔法が使えるの? できないでしょう?」
魔法。あるだろうなと予想はしていても、こうも気安く言葉にされると眩暈がしてくる。招かれざる場面ではとくに。
「……魔法なのか、それ」
「なに? どう見てもそうでしょう? 魔力の篭められた魔道具、魔法よ。これは製造も所持も禁止されたものだけどね。持ってるだけで死罪。……表向きは」
「へー……」
なるほど。剣と魔法のファンタジー、王道だ。意思に反した強制イベント、これもある意味、王道か。夢のようなめくるめくパーティーの夜から目覚めたら、たちの悪い性病を置き土産にされてた気分だ。笑えなくて、厄介で、しかも自分の浅はかさのせい。一周回って腹も立たねえな。
「……ねえ、あなたまさか、本当にこれがなにか知らずに使ったの?」
「ああ。マジで引いてるよ。奴隷反対。それについては謝るわ、悪かったな」
「嘘でしょ……」
「でもまあ、起きたことはしょうがねえだろ? もともと連れてくつもりだったんだし、めんどくせえから切り替えてこうぜ。解呪できるまで、お前は奴隷で俺はご主人様な。もういいよそれで」
「よくないのよ! なんにも! いまのどこに妥協できる理由があったの! ああ、アウラドリイス様……なぜよりにもよってこのような愚かで無責任で救いようのない者へ私をお与えに……? 私がなにをしたというのです……!」
美しい女が天を仰ぎ、本気で嘆いている姿はなかなかに見応えがある。格好のせいでやることなすことがポルノの導入じみてはいるが。指を組み女神への祈りのようなものを唱えはじめたサラヴェリーナを眺めていると、声の途切れに妙な音が混ざっていることに気づいた。
「……?」
耳を澄ます。森のほうから。風の吹き抜ける音かと思ったが、違う。目を瞑ってさらに集中する。意識を向ければ向けるほど、耳じゃ拾えないはずの「動き」が頭の中に可視化されていく。木々の一本一本。その間を移動する複数の光点。その光が放つ飢えと殺意。見えないはずの敵の位置が頭の中で勝手に整理され立体地図のように組み上がる。
――なんだ、これは。いくら上等な身体だからって、記憶と経験だけでこんな芸当ができるわけない。それに、まとわりつくこの気配はなんだ。俺の本質とは、あまりにも相性が悪い。なぜそう思う。わからない。さっきまでこの身体はなんの違和感もなく俺を受け入れていたのに。
「おい、もういいだろサラヴェリーナ。死体のそばに長居するのはいろいろまずい。場所変えるぞ、馬車乗れ」
不快感をまぎらわすため頭を振る。気色悪いが使える力には違いない。狼、コヨーテ、こんな森ならいくらでも肉食の野生動物がいるはず。俺の作った死体の匂いに釣られて集まってきたのかもしれない。
祈りを中断したサラヴェリーナに御者台を指さして、乗るように指示をする。しかし、あからさまに不服そうな顔をして動こうとしない。
「残りたいなら残っていいけどな。それ、隷属なんて言うくらいだ、俺から離れることも許さないんじゃねえのか? いいのかよ、置いてかれたら首輪に殺されるかもしれねえぞ」
「それは……」
風が吹いて、月が雲に隠れる。辺りの闇が一層、深くなる。そう遠くない場所から長い遠吠えが聞こえてきた。犬や狼に近いが、俺の知ってる鳴き声よりずっと鋭く違和感がある。虫の声がぴたりと止み、サラヴェリーナが森の奥と俺の顔を交互に見比べた。
「獣に喰われるほうが先かもな?」
「……っ、もう……! わかった、乗る、ついて行くわよ……!」




