第10話 剣と魔法のファンタジーⅠ
殺しが好き。死んでくれればそれでいい。
俺にとって価値があるのは、命を奪うその瞬間だけ。無駄に相手を痛めつけたり、犯したり、いたぶったり、そういう必要以上の加虐には興味がない。うるせえし、汚ねえし、時間の無駄だ。世の中にはそっちがメインディッシュで殺しはオマケって連中が多いことは知ってるよ。現にそういうゴミクズを狙って、例外はあれど罪悪感も良心の呵責もない快適でクリーンな殺しを満喫してきたわけだし。
つまりだ、女の肌に焼き印を刻むなんて変態趣味の家畜プレイ願望、俺は持ち合わせていない。ただチョーカーをはめただけ。……だよな? いや、そりゃ少しは楽しんだよ。堕ちかけてる女を相手に血流が良くなるのは男なら当然だろ。前か後ろか上か下か、こいつはどっちが好みかなとか、この引き締まった脚に絡みつかれてねだられたときの気分の良さとか。そういうことをチラッと考えるくらい、まあ普通だよ、それだけなんだって。
「んんっ……」
「お……おお、平気か? どっか痛むか?」
「……? いいえ、いまはどこも……」
目をあけたサラヴェリーナが、ぼんやりとした表情のまま身を起こそうとする。背中にまわしていた腕に力をこめ支えなおしてやると、ふらつきながらも俺を押し退けて自力で立った。さっきまでの熱を確かめるように首を撫でている。
「なにもない……よかった、外れたのね」
そう思うのも仕方ない。俺も触って確かめた。触れると傷や瘢痕のような感触はなにも感じられない、ただの滑らかな肌。しかし見た目にははっきりと焼き印が存在している。理屈はわからないが、これは物理的な火傷とは違う。……マジで、なにこれ? 俺は知らずに、この女になにかとんでもないことをしでかしたらしい。どうすんだよこれ。
「いやー……、あるんだわ、首に、へんなのが」
「なに……? なにが……?」
「こう、ぐるっと一周してて、赤くて、ちょっと光ってる……タトゥーみたいなやつ……」
「 ……!?」
指先で首を囲むジェスチャーをして見せる。呆けたような表情だったサラヴェリーナが、急に目を見開いて両手でぐるりと喉元を覆った。何度も何度も首筋やうなじをさすって、そこにあって、ないものの存在を確かめている。
「そんな……まさか……! だめよ、嘘、それだけは許してこなかったのに……!」
「なんか知ってる? 」
「お前……! 白々しい……! よくも私にこんなもの……! 赤い紋様は強制的な支配の証、あれは隷属の首輪ね!? なんてことを、いますぐ取り消しなさい! 早く!」
「取り消すってなにを……ちょっと落ちつけって」
なだめるつもりで伸ばした手がサラヴェリーナに叩き払われた。パチン、と乾いた音が木霊する。
「あっ! うううっ……!」
「はあ!?」
叩かれたのは俺なのに、なぜかサラヴェリーナのほうが苦痛に顔を歪ませてうずくまった。首を押さえて、涙目でこちらを睨み上げる。間違いなく、首輪がなにかしている。
「やっぱり……! 私はあなたを傷つけられない、これは主従の呪縛よ! 私とあなたのあいだに主人と奴隷の関係が結ばれているの! 強制的に!」
「いやいやいや……待て待て待て……」
「不覚だったわ……まさかこんな悪しき時代の禁制品をあなたたちみたいな安っぽい賊が……私でもここ数年は見てこなかったのに……闇でも相当な高額品のはず……どうして……」
怒ったかと思えば、今度はうつむいてぶつぶつと思考しはじめる。
強制的な支配、呪縛、奴隷……?テーブルトークRPG好きの社交性に欠けるオタクたちしか口にしなさそうな言葉の羅列だ。引く。たしかにセックスのスパイスとしての支配は嫌いじゃねえよ。セーフワード決めて、自由を奪って、大事なところに穴の空いたラバーのボンテージ着せたりする、お互い同意のうえで性的ファンタジーを満たす可愛らしいやつな。それも極めてプライベートな限られた時間と空間での話。日常生活に拘束した女を持ち込んだりしない。
そもそも俺は新興富裕層家庭育ちのボンボンだぞ。人権だの、自由だの、平等だの、そういう建前を大事にしなきゃ即炎上の世界でリベラル教育を叩き込まれてきたんだ。その俺に奴隷だと? ダメだ、クソほどセンシティブ。前時代的悪趣味。殺し以外で親を泣かせちまう。




