第8話 テーマは像とパスタですか?
「ねえ聞いた?あの話」
「なになに?」
「あれだよ、七不思議の『像』のこと」
「それって、あの二宮金次郎像?」
「うん、それが毎晩動いて、校庭を走り回っているらしいよ」
「まじで!?やっぱり心霊系って本当に……」
「やめてよ!夜に1人でトイレに行けなくなるじゃない!」
中間試験が終わり、生徒が浮ついてきた頃に、この噂はあっという間に学校中に出回った。
もちろん、この特ダネ情報をあの人物が逃すはずがなかった。
「てなわけで、噂の真相を確かめよー!」
「……」
元気はつらつの桜に対し、紅葉はそれを白い目で見ていた。
「……部長」
「何だね紅葉君」
「懲りてないんですか?」
「……うん?」
「つい1.5話前のことを覚えてないんですか?」
「……何のことだろーねー……」
「こっくりさんのことですよ!あれで向日葵ちゃんだけじゃなく、なぜか柊先生まで病院送りになったんですよ!学習してください!」
「しかしながら、謎とスクープがアタシを焚き付けて止まないんだよー。わかるかい?」
「解るべきはあなたですよ桜先輩!北山先生も忠告したんですよ!「次は本当に取り殺されるかもしれない」って言われたばかりじゃないですか!」
「その北山先生が、今回は口を出さなかったんだよ、それも一切!」
「えええっ!?本人に教えたんですか!?」
「うん、武ちゃん先生に言ったら「勝手にすれば?」って返ってきたんだ!許可は取ったよ!」
「それは許可を取ったと言うより見放されたと言うべきでは……?」
心配そうに震える紅葉に構わず、お祭り気分を隠す素振りも見せない桜。
そんな中で、ただ1人ぽかんとした顔の向日葵。
「向日葵ちゃんからも、一言言ってあげて?もうあんな思いをするのはごめん被るって……」
「先程から気になっていたのですが、あの像の方は何者ですの?」
「ってそこお!?」
素っ頓狂な声を上げる紅葉。
「あれはね、二宮金次郎って言う偉人だよ」
「日本の方なのですか?」
「そう!幼少期から働きながら勉学に励んだ、言わば『勉強の神様』ってところ!だから全国の学生の手本としてこの像が建てられたんだ!って言っても今年度に突然だけどね」
「そう考えると、何だか凛々しい印象を受けますね」
「でしょー!こいつよく見るとイケメンだよねー!」
(まただ、また向日葵ちゃんを丸め込んだ……)
呆れ果てた顔で、紅葉がやれやれと言わんばかりに額を抑える。
「で、あの像がどうなりますの?」
「噂によると、夜に動くらしいよ!」
「本当ですの!?それは見てみたいですわ!」
「向日葵ちゃん!?アトラクションじゃないからね!?」
慌てて静止に入る紅葉だが、瞳を輝かせた向日葵はもう止まらない。
「それじゃあ多数決で、調査決定!今日は泊まりだよ!」
「ええ〜っ!?」
紅葉の悲痛な叫びも虚しく、学校での1泊が決まった。
「お待たせ紅葉!これ、アタシの未使用のパジャマと下着ね!向日葵は大丈夫?」
「はい、わたくしはすでに爺やが持ってきてくれましたの」
「さっすがお嬢様!下僕使いがうまい!」
「部長、もう少し言葉を選んでください……」
「じゃあ紅葉は何て言うの?」
「そ、それは……とにかく、像はいつ動くんですか?」
「うーん、まだ日が沈む前だし、話だと完全に暗くなってからだと思う」
「そうなると、残り10分程で動き出す頃合いですわね」
「カメラは任せたよ、向日葵!」
「はい!」
10分後、3人は例の像の前にスタンバイした。
しかし、10分後。
「まだー?」
「動きませんわね……」
30分後。
「ねえまだー?」
「本当に動きますの?」
さらに1時間後。
「ねえまじでまだ!?流石に腹立ってきたんだけど!」
「どうやら、ガセネタだったようですね……」
「全く、迷惑千万ですわ。とんだ貧乏くじを引かされましたわ!」
3人が背を向けたその時だった。
ウィーン、と機械音が後ろで鳴り、その後で何かが校庭の地面に着地する音がした。
「「「……えっ?」」」
3人が振り返ると、台の上にあったはずの二宮金次郎像が、両足で地面に着地していた。
「「「……」」」
3人が前を向いて、来た道を戻ろうとすると、またウィーンと何かの駆動音が聞こえた。
「「「!?」」」
3人がもう一度振り向くと、今度は二宮金次郎像が1歩を踏み出していた。
「「「……き」」」
ちなみに、3人は当然ながら、顔面蒼白だ。
「「「きゃあああああ!」」」
悲鳴を上げ、猛ダッシュで逃げ惑う新聞部の面々。
それを二宮金次郎像は、走って追いかけた。
「追ってきてますわ!」
「何でこーなるのー!?」
「部長がいらんことするからですよ!むやみやたらに心霊現象に手を出して!」
「スクープが欲しかっただけなのにー!」
半泣きで逃走する新聞部の3人は、ついに行き止まりへ追い詰められた。
「あわわわわ……どうしよう2人とも……アタシら死んじゃう?」
「縁起でもないこと言わないでください!」
「ですがこれは万事休すですわ……最期にお父様とお母様にメールを……」
がたがた震える3人に対し、無機質に1歩づつ近づく二宮金次郎像。
あと1歩で触れられそうな距離まで来たその時だった。
二宮金次郎像は、急に止まった。
そしてその後ろから、1人の女子生徒がやってきた。
「この子ったら、追いかけるプログラムはしたけど、追い詰める命令はしていないのに。これは改良の余地があるわね」
「そ、宇宙ちゃん!?」
「あら、紅葉先輩の知り合いですか?」
「知り合いも何も、私と同じCosmosのメンバーの1人だよ!ステージに立ってたの見たでしょ?」
「そーいやいたな、そんなやつ。自己紹介が淡白だったのを思い出したわ」
「あなた、何者ですの?」
「自己紹介が遅れたわね。私は天野川宇宙、1年理数科の生徒で天文部員で学級委員会所属よ。好きな食べ物はペペロンチーノで……」
「宇宙ちゃんストップストップ!一気に行きたい気持ちはわかるけど!」
「それよりさ、これは何?」
桜が怪訝な顔で二宮金次郎像を指差す。
「これは私が造った自立歩行人型ロボットよ。名前はKinjiroというの」
「へえーロボットだったのかー。なんかよくわかんないけど、すごいなあー」
「それも自分で造られたのですから、ものすごい才能ですわ……」
「そしてKinjiroは自立歩行だけじゃないわ。変形もするのよ、『ビークルモード』」
宇宙が合言葉を唱えると、文字通りKinjiroがガチャガチャと音を立てて変形し、両目がヘッドライトのバイクの形になった。
「すごーい!」
「これって、乗れるの?」
「もちろんよ、私が証明するわ。その前にヘルメットを取ってくるわ」
その後、フルフェイスのヘルメットを小脇に抱えた宇宙が戻って来て、被ってすぐに電源を入れた。
モーターの静かな駆動音が辺りに響き、宇宙はKinjiroに跨った。
そしてバイクは前進し、校庭に出ると、ほとんど音を立てず、しかし自転車よりも明らかに速く、校庭を1周した。
「どうだったかしら?」
「すごくかっこよかったよ、宇宙ちゃん!」
「ええ、なかなか様になってましたわ」
「てか宇宙……だっけ、免許は?」
「まだ教習所に通ってる段階だけど、みんなに魅せるために乗ったわ」
「それ大丈夫なの!?」
「だからこのことは、あなたたちには黙っててもらうわ。これでね」
言うや否や、宇宙は胸ポケットから3枚の紙を渡した。
「これは……イタリアンのクーポン!?」
「しかも予約が取れないことで有名なあの超人気店のじゃん!?」
「これは……何に使う紙なのですか?」
「あなた、クーポンは初めて?」
「あ、そうそう言い忘れてたんだけど、こいつ超ド級のお嬢様なのよ。だから今まで割り引きとは無縁の生活をしていたから、クーポンは存在すら知らずに生きてきたのよ」
「そうなの、なら教えるわ。この紙を会計時にレジ前の店員に差し出すと、何割か値引いてくれるわ。でもいらないなら
「貰いますわ」
「あら、そう」
「次の休みに竜子さんと一緒に行く時に使わせてもらいますわ」
週末、向日葵と竜子の2人は、宇宙が紹介したイタリアンの店に入った。
「いらっしゃいませ、2名様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「わあー……すごいなあ、こんなおしゃれなお店初めてだよ……」
連れの竜子は、初めてのイタ飯屋に興奮半分緊張半分といったところだ。
「何にしましょう?わたくしはあの人がおすすめしたペペロンチーノとやらを」
「じゃ、じゃあ私はかるぼ……なーら?ってやつを……」
少しして、ペペロンチーノとカルボナーラが運ばれてきた。
「わあー、美味しそう!」
「わたくしもパスタとやらは初めてですが、なかなかに食欲をそそる香りですわね」
「いただきまーす!」
「いただきます」
2人はそれぞれのパスタにフォークを伸ばした。
「んー!美味しい!とってもクリーミーで濃厚!こんな美味しいもの初めて食べたよ!」
(こ、これは……ガツンとした強い旨味の後にほのかな辛味……今まで味わったことのない料理ですわ!フォークが止まりませんわ!)
お互いに、涙目で未知の料理を味わい、この後も、何皿もおかわりして、気づけば2人とも、8皿平らげてようやく満腹になった。
「そろそろお会計しないとね」
「では、レジに行きましょう」
「12800円でございます」
「あら、意外と安かったですわね」
「クーポンなどはございますでしょうか?」
「そうでしたわ、これは使えますか?」
「はい。それですと、1皿無料となるので、今回は12000円で大丈夫ですよ」
「ではここはわたくしが」
向日葵が、財布から黒いカードを出した。
「「ブ、ブラックカード……!」」
竜子と店員が驚愕する。
「どうかされましたか?もしや、このカードは使えない……?」
「い、いえ使えます!失礼しました……」
緊張している店員が、震える手でカードリーダーへ案内を促す。
「ま、またのご来店をお待ちしております」
店を後にした2人は、帰り道で談笑していた。
「そういえば、あのクーポンは誰から貰ったの?」
「天野川宇宙という方から貰いましたの。何でも、アイドルだそうです」
「ア、アイドルぅ!?そのパイプもあるのか……」
すると、竜子の表情が少し曇った。
(やっぱり、向日葵ちゃんはすごいなあ……勉強はできるし、お金持ちだし、私以外にもすごい友達がいて……私とは大違い……)
「竜子さん……?」
「はっ!で、でもそれはそうと、びっくりしたなあ、まさか向日葵ちゃんがクーポンを使うとは……けどとても美味しかったよ、ありがとう!」
「礼には及びませんわ。わたくしも、竜子さんと一緒に、パスタを心行くまで食べられて幸せでしたわ。次はどこへ行きますか?」
「そうだなあ、次は一緒に回転寿司に行かない?」
「回転寿司?とは?」
「やっぱり回転寿司を知らないかあ……あのね、お寿司がレーンの上を回りながら流れてくるんだよ」
「本当ですの!?では、明日行きましょう!その『回転寿司』とやらに!」
「あ、明日!?流石に金銭的に……」
「でしたら、またわたくしが奢りますわ!そのかわり、竜子さんは案内をよろしくお願いしますわ!」
「そ、それだけでいいの?願ってもない条件だけど……ありがとう、わかった。それじゃあ、また明日!」
「はい!」
「お母さん、ただいま!」
「おかえり!パスタは美味しかった?」
アパートに元気に帰ってきた竜子を、明るい声で迎える母。
「めっちゃ美味しかった!」
「よかったわね。最近、いい友達と一緒に遊んでいるみたいじゃない」
「うん、だから毎日とっても楽しいの!」
「それは何よりだわ、部活でも活躍してるらしいし、前より笑顔も増えたし」
「それでね、明日は回転寿司に行くことになったんだ!」
「あら本当?それじゃあ、なみだ巻きもあっちで食べるの?」
「お母さん……なみだ巻きは多分回転寿司にはないよ……」
「そうかしら?まあでも、楽しんできてね」
「うん!」
その後、竜子は母が作った夜食の手巻き寿司を食べて、宿題を終わらせ、歯を磨いてから眠りについた。




