アルラside 飛ばされた先は
身体中が痛む。大きな技を使った反動からか、全く身体が動かなかった。
否、たしかに身体中が痛むのはあったが、それよりも心の傷の方が大きかった。エイスに投げかけられた最後の言葉。
楽しそうに、しかし残酷に嗤いながらエイスの口が動くのを思い出していた。
ーーアリアは私が思う存分遊んであげるからぁ
「ぐっ…」
最後に放たれたあの言葉は、アルラの精神を確実に蝕んでいた。身体は痛みと反動で動かない。しかし心に残るアリアへの愛しい想いが、彼を動かした。
ゆっくりと重いまぶたが開き、アルラの目の前に絶望的な光景が広がる。
「なんだ……ここは」
大地は黒く染まり、空は暗雲に覆われて、広がる景色は焼け野原というにはまだ優しかった。
木々の1本も、人間や魔物、動物の姿も草木すらも存在しなかった。
死んだ大地ーー
思わずアルラはそう思った。
アルラは辺りを軽く見回し建造物がないか確認したが、それらしきものは無さそうだった。
アルデン王国に戻るどころの話ではなくなったことに気づいたアルラは、ゆっくりと立ち上がり、まずはここがどこなのかを考えた。
あの瞬間、エイスがかけた転移魔法は、一体自分をどこへ飛ばしたのか。そもそも今いるここがダルガ大陸だとは思えなかった。
少し歩こうと思い、1歩踏み出した時だった。
「待て…」
「誰だ!?」
背後から声が聞こえ、咄嗟に警戒しながら振り向いた。そこには今にも死にそうな、ボロボロの服を着た爺さんがいた。
敵かと思い咄嗟に構えた武器を、腰にしまった。
「お主、人間か…?」
爺さんはよぼよぼとゆっくり近づいてきて、そう問いかけてきた。
動きがもう死にそうなほどよろよろで、見てるだけで辛そうだ。とりあえず、ここはどこか聞こうと思い、今にも倒れそうな爺さんとコンタクトを図ろうとした。
「そうです、人間ですよ」
「ほぉ、人間か。それは良かった良かった…」
爺さんはそう言うなり、パタリと動かなくなってしまった。アルラはこの大地故に、この爺さんはおそらく人間にあった感動で動けなくなってしまったのだろう、と自分で勝手に解釈してしまった。
しかしそれが間違いだった。
カタカタカタカタ
「……この音は?」
突然聞こえ始めた奇怪音を聞き、アルラは即座に武器を腰から引き抜いた。この音はおそらくスケルトンであり、どこから音が聞こえているか、耳を澄ませた。
(まさか…)
耳を澄ませれば、その音はかなり近くから聞こえていることが分かった。
それはまさに、今アルラの目の前から聞こえる音だ。それを表すものは即ちーー
「……人間、ニンゲン!食ワセロ!」
「老人に化けてたのか!」
絶叫する爺さんの皮を破って出てきたのは、真っ黒い骸の姿をした魔物。即ち悪霊だった。
咄嗟にアルラは悪霊から距離を置こうとしたが、片腕を掴まれてしまった。必死に振り払おうとしたが、戦闘での疲労と、予想を上回る悪霊の力の強さで上手く振り払うことが出来なかった。
「アアアアアァァァ!!」
「くっそ、邪魔だ!」
ザシュッ!
しがみついて噛み付こうとしてくる悪霊を振り払うことは不可能と判断したアルラは、右手に握っていた剣で真っ二つに切り裂いた。
悪霊は奇怪な悲鳴を上げながら、黒い蒸気を出して消滅していった。
悪霊に強く掴まれて赤くなっている腕を抑えながら、ここが危険だと悟ったアルラは、いち早く安全な場所に避難することに決めた。
が、簡単にそうはいかなかった。
カタカタカタカタカタ
先ほどと全く同じ、しかも複数の奇怪音が辺り一面に響き渡った。次第に大地が揺れ始め、土の中からそれらは姿を現した。
「「「アアアアァァァ」」」
「ッ!」
そう、悪霊の大群だ。
気がつけば、数えきれないほどの悪霊がアルラを囲んでいた。真っ黒い骸で、全て人の形をしていた。どれも元は人間なのだろう。
悲鳴にも聞こえなくない叫び声は、昔にこの大地で起きた出来事を物語っていた。
「くそっ、どうするかーー」
アルラは悪態をつきながら、突破口を探した。先ほどの感じからすれば、あの悪霊から逃げる事は不可能。かといって、今のこの体で戦い切れるはずもなかった。
絶体絶命の状況で、アルラは必死に生き延びるための咲くを探していた。
クァァァアアッ!!
「今度はなんだ!?」
突如、上空から薄気味悪い魔力を感じ、アルラはそちらに視線を転じた。見上げれば、黒い翼を持ち、禍々しい紫の毛で覆われた一匹の大鷲がいた。
アルラはそこで気づく、あの薄気味悪い魔力は悪霊と間接的に繋がっている。つまりは、あの大鷲が悪霊達を引き寄せているのだと。
「ッ、あれを倒せれば!」
大鷲さえ倒せれば、自然と悪霊は消えるだろう。霊は魔物の下位互換であり、魔物は魔力を自己形成出来るが、霊は魔力を自己形成出来ず、魔力を与えられるか、魔力濃度が濃い場所でないと存在を維持できない。
故にこの悪霊の大群を消し去るためには、あの大鷲を討伐するのが最適策とみたのだ。
しかし上空にいる大鷲を倒すには、思いっきり飛んで一撃で仕留める必要があった。もし倒し損ねれば、地上に群がる悪霊の餌食になるだけだった。
「「「アァァァァァ!!」」」
悪霊達はだんだんとアルラを囲いながら近づいてきていた。捕まればもう後は言わずとも分かるだろう。
「行くしかないのか…!」
アルラは剣をぐっと握りしめ、上空を見上げる。
その大鷲はまるで待ち構えているかのように、アルラの真上辺りで羽ばたいていた。全長はおそらく7mほどで大型の魔物だ。
残り僅かな魔力を振り絞り、全力で地面を蹴った。アルラは空高く飛び、大鷲の眼前までいくと、より素早く、より強くその剣に最大限放てる魔力を込めて振り切った。
「届けえぇぇ!!」
ズバアァァァアンッ!!
アルラの剣から特大級の衝撃波が放たれた。それは凄まじいスピードで大鷲まで到達し、大鷲は避ける暇もなく一瞬で破裂したのだった。
「たお、せたな…」
大鷲を倒し、意識が朦朧として空中で姿勢が崩れそうになるが、しっかりと意識を現実に戻して地上へ戻ろうとした。
クアァァァアアッ!!
「っ!?」
先ほど聞いたのと同じ鳴き声が聞こえた。それは大鷲のものと全く同じで、アルラの顔に戦慄が走った。
声のした方を向けば、絶望的な光景が広がっていた。
クエェェエエッ!!
クァアアァァ!!
もはや一匹だけではない、気がつけば複数の大鷲が、地上に落下途中のアルラの周りを旋回していた。
もしやと思い、アルラは地上に視線を転じた。やはり地上に群がる悪霊の群れは消えていなかった。
もしも仮に、先ほどまでそこにいなかったのに突然現れるのは、透過能力で透明になっていたからだとする。死者を操り生命体を襲わせる禍々しい紫の大鷲の魔物。
思い当たる魔物は1体しかない。
死を統べる大鷲の姿をした死神、名を『ライズウェルク』と呼ぶ。死体を操り間接的に獲物を襲わせ、その生命力を奪うと言われている。
一匹でさえ倒すのに苦労する魔物であるのに、それが複数も存在している状況にアルラは絶望していた。
地上に落ちれば悪霊の群れに飲まれ、空中に逃げる手段があったとしても、ライズウェルクに引き裂かれるに違いなかった。
大技を連続で使った反動でまた意識が朦朧としたアルラは、なんとか意識を保とうとしたが出来なかった。
「くっ…そ」
アルラは地上に落下しながら暗雲に覆われた空を見上げ、最後の力を振り絞って空に手を伸ばした。
どうしても諦め切れないアリアへの想いが募る。気がつけば、最後にアルデンの塔で見たアリアの笑顔を思い出しながら、アルラはこう叫んでいた。
「アリアーー」
それは、いくら想いが強くとも、彼女に届くことはなかった。




