フリードの選択
アルデン城ー暗い牢獄の奥深くにて、1人の男が捕らえられていた。両手両足を鎖で繋がれ、その力で逃げれないように固定されていた。
その男、フリードは動く気配もなければ、なにかを口にする様子すらもなかった。
「お主は何を考えているか、全くもって理解できんのう」
鉄格子越しから話しかけてきたのは、山賊達を一瞬にして殲滅した老人、大剣豪であるロイル・ウェルザスだ。
フリードは鉄格子越しのロイルを睨んだ。それもそのはず、あれだけ仲間を殺されたのだ。憎んでいないはずがない。
ガチャリ
ロイルは鉄格子の鍵を開け、牢屋の中に入った。フリードの前まで行くと、双剣の片方を手に持ち、軽く振りかざした。
ズババババッ!
目にも止まらぬ速さでフリードを繋いでいた鎖を切り裂いたのだ。これによりフリードは動けるようになったが、動くことが出来るはずもなかった。
目の前にこの男がいる限り、逃げ出すことは不可能だと。
「問いたいことがいくつかある」
「言ってみろ」
フリードは一切表情を変えることがなく、しかし緊張感の持った低い声でそう言った。
その様子を見たロイルは、フリードにこう問いた。
「お主らが連れていた竜人の少女の行方は知っておるか?」
フリードの顔に一瞬困惑が見られた。
それは予想外の質問だった。正直言って、どんな問いかけが来るかは予想できなかったが、よりによって全く関係ない、唯一捕まっていない仲間の居場所を知っているか、というのだ。
フリードは考える振りも見せず、こう答える。
「仲間の行方は知っている。だが教えることは出来ん」
「……そうか、ならば仕方なかろう」
フリードは覚悟した、このまま殺されるのだと。
ロイルは手に握っていた双剣の片方を強く握りしめ、剣先をこちらに向けた。大きく振りかざすと、目にも留まらぬ速さで切り裂いた。
ズバァッ!
「………なんの真似だ」
一瞬の沈黙の後に低い声でそう言ったのは、鋭い眼光でロイルを睨みつけたのは、フリードだった。
たしかに剣は体を真っ二つに切り裂さいたはずだ。しかし、傷も痛みもなく、なにより魔法による拘束が斬られていた。
相変わらずの無表情のままのロイルは、腰に剣を収めると、フリードの方に視線を転じ、こう問いかけた。
「アルミナ国ーーお主が仕えていた王、ガリアスが暴走した理由を知りたくはないか?」
「っ……何故それを」
ーー前アルミナ国王 ガリアス・アルミナ
フリードにとっての唯一の英雄でもあり、同時にアルミナ国に失望した原因でもあった。
故にフリードは、ロイルから出た言葉が信じられなかった。あの民衆想いで優しかったガリアス王が何故あんなにも豹変したのか。その原因は未だに公表されていない。
それを全く関係ないこの老人が知っているというのだ。信じられるわけがなかった。
しかし、次の言葉で嫌でも信じることになった。
「ナタリーといったか、お前さんの娘」
「ッ!?」
思わずフリードは叫んでしまった。まだ仲間の誰にも知られていない、自分の全てだった娘の名が、何故この老人の口から出たのか。
フリードは必死に考えた。しかし、思い当たる節などあるはずがなかった。
ロイルはそんなことは知らずと、次々と言葉を続けた。
「お主の妻『アイザス・メイラー』、少し荒っぽいが、信頼できた部下 『アラス・ゴルダ』、唯一の光だった『ガリアス・アルミナ』。どこまでも分かるぞ」
気づけば、自分の顔が強張っているのに気づいた。フリードは生まれて初めての恐怖を感じていたのだ。それは、この老人は大剣豪なんかではない、その程度の存在ではないと気づいたからだ。
ーーなら、こいつは何者だ?
頭を最大限に回転させるが、思い当たるようなものは特になかった。いや、フリードは信じたくはなかったが、とある仮説に辿り着いていた。
次元や魔法を斬る剣技、全てを見通す力。
昔、騎士団長を務めていた頃に古い書物で読んだことがあった。この世界を守る者、この世のどこかで世界の異変を観測し、それを正す存在があると。
確証はないが、それに近しいものだと理解した。
「偶然か必然かは分からぬが、フリードよ。わしの正体に気づいたようじゃな」
「……お前の目的はなんだ」
目の前にいるのは本物の化け物だ。その事実を前に、フリードは溢れ出そうな恐怖を必死に抑え込んで、やっとのことで問いかけた。
その様子を見たロイルは、悪意も何もない軽い笑いを見せ、フリードの質問にこう答えた。
「簡単じゃ。わしに協力して欲しい」
フリードは初めて見るこの老人の笑顔に少し驚いていたのと同時に、協力というワードに違和感を覚えていた。
ーー仲間を全員皆殺しにしておいて、協力だと?
そう考えると、応じれるはずがなかった。故にきっぱり断ろうと口を動かした時だった。
「ほう、この波動は……」
急に表情を緊迫したものに変え、そう呟いたのはロイルだった。ロイルは地下牢の天井の方、地上の方へ視線を転じると、しばらくそこを見つめていた。
一瞬の沈黙の後、ロイルは腰の双剣を引き抜き、鉄格子の外へと出た。
何が何やらと困惑するフリードを置きっぱなしで、ロイルは最後にこう言い放つ。
「覚悟を決めたらダルガ大陸北西部にある、アルミナ国まで来るのじゃ。そこで全てを話してやろう」
そう言うなり、ロイルは双剣を強く握りしめ、その場から立ち去った。
1人残されたフリードは、幸いながらか、わざとかは分からないが、牢屋の鍵もフリードを繋いでいた枷も魔法も全部斬られていたので逃げ出すことが出来る。
しかしそうせず、フリードはしばらく考え込んでいた。
仲間を皆殺しにした者を信用したくはなかった。だが、元君主であるガリアス王が暴走した原因を突き止めたい気持ちもあった。
ーー信頼して、尊敬していた唯一の人物
誰よりも一番アルミナ国を敬愛していたフリードが、何故反逆を起こさねばならなかったのか。
何故、愛しの娘と妻が犠牲にならねばならなかったのか。
心は荒み、闇と光の間を彷徨った日々が脳裏に浮かび上がった。生きるために殺しを覚え、悪を学び、道を踏み外した。
共に反逆を起こした仲間たちも次第に数が減り、いつの間にか30人ほどしか残っていなかった。それでも、フリードは己の意味を見つけるために戦ってきた。
そして全てを失った今、ついに選択を迫られた。
「俺はどうすれば…」
そう呟いたのを自分でも気づかないぐらい考えていた。もうこれ以上何も傷つけたくないし、道を踏み外したくない。なにより、得たものを失いたくない。
もう生きる意味など、存在しなーー
ーーパパ!
「っ……」
聴こえたものは幻聴だ。死んだはずの娘の声、何よりも愛しかった。
平原に行っては、お花を摘んだりして遊んでいた。家でも妻の手伝いをしたり、怪我をしてる小鳥を治療したりと、とても優しい子だった。
なのに何故、あんな風に殺されなければならなかったのだと、自分がいれば救えたのではないかと。
そのことを考えるたび、心が痛んできた。
だからこそ、こんな苦しみはもう誰にも味わって欲しくない。もう誰も悲しむ必要なんてない。
(そうだ、なぜ忘れていたんだ。俺は民衆を守るために騎士団長になったはずだ)
フリードはゆっくりと立ち上がった。両手の拳を強く握り締め、その覚悟を決めた。
もう騎士ではない。しかし、もう誰も悲しまないように、失わないように、何かを守るために戦うと。故に、彼は道を踏み戻した、己の歩むべき道を。
フリードの行く先は、アルミナ国。彼の旅路はやっと始まったのだった。




