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最後に見た温かさ

私があの時エイスから授かったもの、それは私の右腕の呪印の強化と、その呪印についての説明だ。


この呪印は宿主の心の闇を糧にして成長を遂げ、闇が強ければ強いほど、呪印は更なる力を与えてくれるらしい。


ーーだが、もちろん代償もあった。


力に頼れば頼るほど、宿主の心の闇を広げ、心を壊していくという。この呪印には何段階かレベルがあって、今の形のものをエイスはこう呼んでいるらしい。


すなわち、『悪魔化の呪印』と。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



戦況的にはこちらが不利だろうか。私は数十人の兵士たちに囲まれ、兵士たちは今かと攻撃の指示を待っている状態だ。


「カイル王とレイラ様をお守りしろ!!」

「「「うおおぉぉぉ!!」」」


アルデン王国騎士団長の指示により、四方八方から兵士たちが私に襲いかかる。


今までの私ならば簡単に殺られていただろう。しかし、それは今まで場合だ。今は感覚が研ぎ澄まされ、何より殺すことに迷いがなかった。


私は目を瞑り、兵士たちのおおよその気配を探る。


一人目の兵士が私に斬りかかった。側から見れば、私は目を瞑ったまま一切動いていないので、諦めたものと思われているだろう。


だが、それは違った。


「1人ーー」


剣があと少しで私に直撃する、というところで、兵士は切り裂かれた。


私が放ったのは、目に止まらぬ速さのものではない、熟練の戦士なら避けれたであろう斬撃だった。


しかし違ったのは、予測不能な流れるような動き、そして狂ったような笑みを見せる私に怖気づいたからだ。


二人目の兵士が、大きいサイズの片手盾を構えながら襲いかかってきた。盾は戦闘用の良質な素材の盾だった。それ故に、攻撃を防げるとでも思ったのだろう。


しかし、そう簡単に防げるわけがなかった。


「2人目ーー」


私は2人目の兵士の上空を舞い、背後に降り立つと、その兵士を簡単に真っ二つに切り裂いた。


その後は単なる流れ作業の様だった。次々と襲ってくる兵士を切り裂いては捨てる、その繰り返しだ。


1人、また1人殺すたびに、心の枷が外れていくのを、私は気づかなかった。否、きっと心のどこかで気づいている。その上でそれを受け入れていたのだろう。


「これで、最後」


最後の1人を切り裂き、私は邪剣に付着した血を振り払った。


……気づけばアルラさんから貰ったドレスは血に濡れていた。


ここまで来るのにどれだけ傷つき、苦しんできたか。絶望の底に落とされた私を救い出してくれた仲間達を皆殺しにし、私の愛さえをも踏みにじった。


私は覚悟を決めるためにそのまま軽く目を瞑った。



ーーふとあの夜のことを思い出す。


アルラさんと塔の上で話した時のこと。あの夜、美しい月明かりに照らされながら見たアルラさんの温かい笑顔だ。もしもあの時、私がカイルではなく、アルラさんを選んでいたならーー


そう思うと、捨てたはずの心が痛みはじめる。思い出したくない光が心に差し込む。


「あははっ、もう遅いよ」


だから私は、そんなことは幻想に過ぎないと切り捨てた。もう彼はどこにもいない、私の希望はどこにもない。あるのは闇に沈んだ瞳と、私の心を踏みにじった彼らへの憎悪だけだった。


私はカイルと、その背後にいるレイラにその闇で淀んだ瞳を向けた。


「ひっ!」


レイラが情けない声を上げる。先ほどまであんなに強気で私のことを蔑んでいたとは思えないぐらい顔が恐怖で歪んでいる。


カイルの顔も少し強張っていた。まさか、数十人もの兵士たちが瞬く間に殺られるとは思わなかったのだろう。


「くそっ、ここまでだとは思わなかった」


カイルが思わず悪態をつくと同時に、逃げ腰になっていた。おそらく、この混乱にて増援に駆けつけた兵たちを身代わりに、レイラと逃亡でもしようとしていると見た。


どうしてこうも、人間っていうのは愚かなんだろう。ミラ姐みたいに、死に際まで強く生きれないのか。フリードさんみたいに、たくましく皆を守れないのか。


そして私は、異変に気づく。


これだけ兵士が、人間が殺されたのにも関わらず、未だに誰1人逃げようとしない民衆たちがいることに。それどころかまるで見世物のように、カイルのことを応援してるのだ。


1歩間違えば、また死者が出るこの状況を全く理解していないようだった。


私に罵声を浴びせる者もいるが、ほぼ誰もがカイルのことを勇者扱いで、キラキラした目で見つめるのだ。


民衆と愛しの妻を守る勇者と、国を襲う悪魔。これが演劇だったらどれだけ良かっただろうか。


しかし今起ころうとしているのは、本当の死闘だ。数十人の兵士の援軍が到着すると同時に、カイルがおそらく逃げるための口実を口にしようとした。


だが、それよりも早く私は皆に向けてこう言い放つ。


「カイル・アルデン!私はこの国を滅ぼす悪魔だ。他の兵士相手じゃ話にならない、故に私と戦え!その力を最愛の妻と民衆に示して見せよ!!」


次の瞬間、民衆から大きな声援が飛び交った。それは、カイルを応援する声だ。


ーー逃げれば王としての名誉が失われ、戦えば殺される。簡単に言えば、逃げ道を塞いだわけだ。この戦いから逃れられなくなったカイルは、顔が青ざめ始めていた。


私は薄黒い笑みを見せながら、カイルにこう語りかける。


「あなたが守ってきた民衆達に、逃げ道を塞がれる気分はどう?」

「……復讐のつもりか?」


カイルは私を睨みながら、そう聞いた。


私はさも当然かのようにこう答える。


「それ以外にあるはずがないでしょ!」


そう答えると、私は邪剣を構えカイルに斬りかかりに行った。しかしカイルはなぜか構えようとも、動こうとさえもしなかった。


どう考えてもおかしい、私は直感で嫌な予感がした。


「それはねーー」


カイルが小さくそう呟くのと同時に、私の剣先はカイルの心臓と1mほどの距離まで詰まった。


その時だ。


「ーー詰めが甘い」

「ッ!!」


カイルが嫌らしい笑みを浮かべると同時に、背後から急な殺気を感じた。咄嗟に背後を振り向き、邪剣を構えたがそれはあまりにも遅すぎた。


目に見えぬほどの速さの剣技が私の体を引き裂いた。体のあちらこちらから血が吹き出て、私はその場で倒れ込んだ。


裂けるように痛む体を無理やり起こし、私は何が起きたのかを視認した。朦朧とする意識、ぼやける視界に映ったのは、2つの短い剣を持った老人と倒れ込んだ私を確保しようとする兵士たちの姿だ。


(ーーああ、何も出来ずに私は死ぬのね)


なにもかも奪われ、闇に堕とされて、そして殺される。私の人生とはなんだったのだろう。


ーー意味もなく終わる、ただ無念を残して。






ーー嗚呼、憎い。



ーー死にたくない




ーーなんで、なんで私がこんな目に。








ーー私だって、幸せに生きたかった。カイルと一生を過ごしたかった。仲間たちともっと話したかった。なのに、なんでこんなにも悲しくて、辛くて、苦しくて……








ーーお願い。誰か、助けて




そう心の中で叫んだ。届くはずもないとわかっていながら。








『強く生きて、アリア』



意識が切れる瞬間、最後に聞こえた気がした。

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