届かぬ想いはーー悪の華へと咲き誇る
「出ろ、アリア・エスタニア!」
地下牢で1人佇む私にそう言ってきたのは、見張り役の兵士の1人だった。
私はそれに嫌がる様子も見せず、ただ無言で立ち上がった。そして魔力の通った手錠を後ろ手に縛られ、私は連れて行かれた。
地下牢から連れ出され、王城の廊下を歩かされながら、私はエイスに言われたことを思い出していた。
彼女は私に手を貸すとは言っていたが、それはあくまでも間接的なもので、事を起こすのは私1人だと言っていた。
エイス曰く、この後私は処刑台に連れて行かされるそうだ。王都転覆を図った大罪で死刑らしい。
だが、そんなことはどうでも良かった。私はレイラさえ殺せれば、それで満足なのだから。
長い廊下を右に曲がる。
「来たわよ!」
「この悪魔が!地獄で後悔しろ!!」
外へ繋がる通路の端にいたのは、見物客だろうか。服装からして、貴族ばかりだと分かった。
私めがけて罵声が飛び交う。それは、自分たちの生活を脅かされた恨みからだろうか。
途中、貴族が投げたゴミが私の頭に当たる。私はそっちの方を淀んだ瞳で睨み返した。
バシンッ!
私の頰に衝撃が走った。少しふらついたが、なんとか体勢を立て直し、その衝撃が加えられた方に視線を転じる。
「ちゃんと歩け!」
そう私に怒鳴ったのは今、平手打ちをしてきた私を連れて歩いている兵士だった。
もうどうすることも出来ず、私はただ飛び交う罵声と、向けられる辛辣な視線に耐えながら、俯いて歩いていた。
私はそれに耐える。
必死に耐える。
外の光が見え始めた。否、それは光などではなく、処刑台へと続く道だ。段々と光が大きくなり、外の景色は姿を現した。
ーー圧巻、というのが正しいのだろうか。
外にはかなり多くの一般人らの姿があった。処刑台の周りは、人で溢れかえっていたのだ。覇王竜ミルターナがこの地に現れた件も含め、今回の事件の首謀者の姿を一目見ようと、来たのだろう。
彼らは私に気づくなり、やはり先程と同じように罵声を飛ばしてきた。
この事件の真相を知らないが故に、ああも簡単に罵声が飛ばせるのだろう。
全てを失った悲しみを背負い、私は独り歩く。
そして前方に見え始めたのは、処刑台だ。見た感じ、十字架に吊るして火あぶりにするタイプだろうか。
(趣味が悪い。私を思う存分苦しめて殺す気ね)
そんなことを考えながら、私は処刑台の階段を登った。不思議と死に対する恐怖は湧かなかった。
処刑台を最後まで登り切り、その光景を見た。処刑台の上で待っていたのは、レイラとカイルだった。
ーーああ、やはり
もちろん夢などではなく、カイルの心はレイラに落ちていたことをここで本当に理解した。
私が階段を登りきり、カイルとレイラの前に立つ。そして、カイルは剣を高く掲げ、民衆にこう宣言する。
「これより正義を執行する!」
私はこれから公開処刑が始まることを悟る。
そして、私は1歩前へ出た。
「ーーねぇ、カイル」
優しく語りかける私の瞳は、もう清くはない。心は汚され、闇を認めた。されど、それでも問いたいことはある。
こちらを氷のように冷たく見つめるカイル。そこにはもう昔の面影はなかった。
そんなカイルに私は語りかける。
「小さい頃、2人で城を抜け出して時計登った時のこと、覚えてる?」
アルデン王国を象徴する、国の真ん中にある時計塔。昔、カイルと2人で登った時のことだった。
2人で計画し、勝手に城を抜け出した時は、それはもう国中大騒ぎだった。
「あの時計塔の上で、一緒に世界を冒険しようって約束したよね」
あの日、時計塔の上で約束した時のことが私の脳裏にしっかり焼き付いていた。あの時のカイルの眩しい笑顔は、今では冷酷な表情へと変わってしまっている。
私は痛み始める心を抑えながら、話を続けた。
「他にも騎士団長と3人で、メインストリートで買い物をした時のこと、婆さまに本を読み聞かせてもらってたあの頃のこと。私と過ごしてきた日々は、全て嘘だったっていうの…?」
今にも崩れてしまいそうな声で話を終えた私を、カイルは表情を一切変えずに見つめていた。
少しの沈黙が訪れた後、彼はその重たそうな口を開いた。
「……全て嘘、と言えばそれが嘘になる」
「……」
私は苦しくなる心を抑えながら、カイルの話に耳を傾けた。全てが嘘ではない、きっとカイルの言ったそれは本音なのだろう。
カイルは話を続けた。
「アリアといた日々は本当に楽しかった。時計塔での約束だって、街を一緒に歩き回った時のことだって忘れてはいないさ」
「……なら、なんで私を裏切ったの?」
私はこの答えが知りたかった。
カイルの言っていることは、全て本当のことだと分かっていた。何故なら、一緒に過ごした日々が楽しくないものならば、元農民である私なんかは捨てられていたと、分かっているからだ。
私はその歪んだ瞳でカイルを見つめた。
「やっぱり、気づいてなかったのか。お前はなーー」
カイルは一つ息をつくと、蔑んだ瞳で私にこう言い切った。
「ーーただの愛でるための愛玩に過ぎなかったんだよ」
「っ……」
気づいていたし、分かっていた。こう言われることはとっくに理解していたはずなのに、何故か胸に込み上げる想いがあった。
愛を奪われ、仲間を殺され、裏切られてなお、名誉さえも傷つけられた。胸に眠っていたはずの憎悪が、私を瞬く間に支配していった。
3人のアルデン兵が、レイラの指示によって私を処刑台へと吊るし上げようとしていた。それによって大きくなる民衆の罵声を聴きながら、私は空を見上げた。
ーー青い
こんなにも空は、世界は青く澄み渡っているというのに、何故、人の心というものはここまで愚かなんだろう。
「ーーははっ」
考えるだけで自然と、乾いた笑みが溢れた。
段々と瞳の色が黒く染まっていくのを感じる。だが、それを止めようとも思わないし、何より私自身がそれを受け入れていた。
そして、3人の兵士が私を処刑台に吊るし終えようとしていたーーーが、そんなことはさせるはずもない。
ピシッ、バキィィンッ!
「なっ!?」
手錠が壊れる鈍い音に即座に反応した3人の兵士が、咄嗟に私を抑え込もうとしたが、それは叶わなかった。
次の瞬間、カイルが見たものはあまりにも恐ろしく、信じがたい光景だった。
「ふふっ、あはは!!」
この世のものとは思えない、狂気に満ちた笑い声が響いた。
目の前にあったのは、斬り刻まれた3人の兵士達の残骸。そして、右腕が黒くおぞましく染まり、見たこともないような恐ろしい剣を持った女性。見ただけで邪剣と分かる見た目をしていた。
目の前に突然現れたそれを見て、彼はこう判断した。今、目の前にいるのは、先ほどまでアリアだった悪魔なのだと。
私はカイルとレイラの方に視線を転じた。レイラは恐怖心からか、既にこの場から逃げ出そうとしていて、その逃げ道を作るように、カイルとその他兵士たちが私に武器を構えていた。
「本性を表したな、悪魔め!アルデンの王として、正義の名の下に、ここでお前を打ち倒す!!」
この状況にも関わらず逃げ出さないで、期待に満ちた眼差しでカイルを見つめる民衆の姿を見て、先ほどのカイルのセリフが、アルデン国民の支持を集めるためだけの演技だということを、なんとなく察した。
ーー正義、か。
そういえば先程からカイルは『正義』という言葉を何度も使っている気がする。たしかに民衆から支持を得るためには、自分が正義であったほうが都合がいいのだろう。
でも、こんなのは正義じゃない。私はここで倒される結末なんて認めない。
彼が、この国が正義だというのならーー
ーーなら、私は悪としてこの世界に咲き誇ろう。
そして私はカイル達に向けて、武器を構えたのだった。




