歩む道の分岐点
体が重い。
妙なだるさから私は目を覚ました。辺りを見回そうと、起き上がろうとしたが、体は上手く動かない。
部屋の奥に見える薄い灯と鉄格子から、ここがアルデンにある地下牢なのが分かった。牢屋の外には2人の門番がいて、私には束縛の魔法陣がかかっており、とても抜け出せるようなものではなかった。
そんな状況に絶望した私は、起き上がったのにも関わらず、もう一回座り込んでしまった。
「…………」
私には分からなかった。
あれほど愛してくれていたカイルが、どうしてあんなにも簡単に裏切れるのだろう。しかも、あれはどう見てもーー
私の脳裏にカイルとレイラのキスシーンが思い浮かぶ。
あれはお互い求めあって、キスをしていた。認めたくはないが、一方的なものではなかったのは、確かだった。
あれを思い出すたび、心が締め付けられ、苦しくなる。
そして思い出したくない感情が、表れようとしてしまう。
ガシャン
鉄格子の方から妙な音がしたので、そちらを向いた。
「目が覚めたんだねぇ、アリア」
「……あなたは」
私の目の前に不気味な笑みをしながら現れたのは、エイスだった。
彼女は何を言うわけでもなく、私の目の前に現れると、鉄格子の向こう側からこちらを見つめていた。
最初は何をされるのだろう、と恐怖に怯えていたが、いつまで経っても何もしてこないエイスにイラっときた私は、彼女を睨んだ。
「そんな怖い顔しないでよぉ!あなたのために、情報を伝えに来ただけだからぁ」
エイスは少し焦った様子で言い訳をした。だが、それよりも気になるワードがあった。
「情報?……まさか」
その時、私は察した。カイルが裏切ったのなら、私の仲間はどうなったのだろう。カイルに助けてもらうはずなのに、その彼が敵に回る。そうなれば、自然と結果は見えてくる。
最悪の結末が脳裏によぎる。
「もう分かったねぇ。アリアの仲間は全滅、生存者はいないよぉ」
「そんなっ……!」
ーー全滅
その言葉を聞くなり、目の前が真っ暗になる気がした。共に歩んできた仲間が全員死んだという事実に耐えきれず、私の目からは自然と涙が溢れていた。
頭を抱え込んで絶望する私に、エイスは鉄格子の鍵を開けて、こちらに近づいてきた。
何もかも全てを失った悲しみを、その辛さを宿す私の瞳に彼女は語りかける。
「レイラが憎い?」
ーードクンッ
心臓が大きく鼓動した。
憎悪
それは人間なら誰しもが持っているもの。私には必要ないと、今まで拒否し続けていたそれは、瞬く間に私を侵食する。
「本当は憎くてたまらないんでしょぉ?自分の人生を全て狂わせたレイラがどうしても憎い。違う?」
「…………」
エイスはまるで私の心を代弁するかのように、私に語りかける。
今まで憎悪という感情を否定してきた私だったが、初めてそれを否定しなかった。いや、否定出来なかった。
エイスはそんな私に、甘く囁いた。
「……ねぇ、レイラに復讐したくない?」
「っ!」
それは悪魔の囁き。今の私には、『復讐』という言葉が甘味に聞こえてしょうがなかった。復讐したくない、といえば確実に嘘になるだろう。
崩れていく心を身に感じながら、私は闇という名の泥で淀み始めた瞳をエイスに向けた。
「復讐を望むのなら、手を貸してあげるよぉ。ただし、条件付きでねぇ」
「………条件を言って」
私にはなんとなく分かっていた、今から告げられる条件がどのようなものかを。
そしてそれは私に告げられた。
「自分の闇を認める。それが条件」
もう私にはそれを断る理由なんてなかった。
全てを失って、この先どうなるかも分からない。そんな私に降り注いだ唯一の光。皮肉ながら、エイスのことが光に見えてしまっていた。
……分かっている。ここで頷けば、今まで出会ってきた人を全て裏切ることになる。
ミラ姐や婆さまに、幸せになれと言われたが、最初から幸せなど存在しなかった。
ーーアリアに出会えて良かった
アルラさんの言葉が脳裏によぎった。しかし、私のことを信じてきてくれた彼も私の仲間も、もういない。
「はは、なんでだろうね」
不思議と自分に対する嘲笑が出てきた。
結局は信じて戦っても、何もかも全てが無意味だった。最初から希望なんてなかった!!
気がつけば私は光と闇の境界線にいた。闇の最中から、エイスがこちらに手を伸ばしているのが目に入る。光の方を見れば、今まで戦ってきた仲間たちの姿が。
これは幻だということも分かっている。きっとエイスが私に見せているに違いない。
きっと彼女は言っているのだろう、すなわち選べと。
ーー私は……
足が自然と動く。
最初から分かっていた。
ーーああ、やっぱりね
気がつけば現実に戻り、私はエイスの手を取っていた。彼女の瞳には歪んだ優しさが宿っていて、それが私を包み込む。
私の心は崩れ落ち、その瞳は闇に堕ちていた。なのにそれは心地よく、その冷たさが逆に温かく感じた。
きっと呪印のせいじゃない、最初から私の心は闇に堕ちていたんだ。
そして、私は闇に堕ちた。




