五月③
五月十五日 水曜日 晴れ
少し気になることが。遥貴様は立花さんには絶対に近付いて来ないことに、気が付いてしまいました。いつからなのかわかりませんが、思い返すと結構長い期間そうだったようです。休み時間も、立花さんがいない瞬間は私の所に来ますが、戻ってくるとまた離れてしまいます。放課後も立花さんが私から離れるまでどこかで時間を潰していらっしゃるみたい。大抵は生徒会の仕事ですから、今まで気にしなかったのです。よくよく考えたら立花さんはいつもお昼はどこにいるんでしょうということを考えたら、その不自然さに気付いてしまいました。今では遥貴様とお昼をご一緒するのが当たり前になりましたが、そうなると当然立花さんはいません。百合ちゃんはいたり、いなかったり。部の練習が忙しい時期や気を使って二人きりにしてくれたり。たまに百合ちゃんと二人でお昼を食べることもありますけど、そういう時も立花さんは絶対にいません。転校したその日以外、一度もお昼をご一緒したことがないんです。勿論、そんなことは問題ではありません。立花さんがお昼をご一緒しないことは私にとって些細な問題ですし、誘っても断られてしまいますから、いつからか誘わなくなってしまったんです。ただ、いつも立花さんはお昼休みに何をしているのかしらと疑問に思った時に、遥貴様の行動の不自然さに気付いてしまいました。我ながら鈍いというか、自分のことしか考えていないというか。正直、一度も考えたことがなかったのですが、遥貴様は立花さんが苦手、もしくは嫌いなんでしょうか。立花さんが来ると少し、本当に少しだけ嫌そうに片眉をあげる仕草をするのは、気の所為だと思っていましたが、そうじゃないということでしょうか。私個人では、喜ぶべきことです。嬉しい。ほんとに。でも、遥貴様に嫌われているとなるとクラスメイトどころか学校中に影響を与えかねません。遥貴様もそこはよくお分かりですからあからさまではないですが、隣の席なのに全く話さないのはやはり不自然ですわ。事務的な会話も殆どしないのです。以前に二人が話しているのを見てから気にしないように、意図的に視界から排除していたせいで、いつからこうなのか分かりません。百合ちゃんにも聞きにくいですし。立花さんを孤立させないことが今の目標なのに、難航しそうですわ。
五月十六日 木曜日 雨
楢崎先生は立花さんの生徒会への推薦を本格的に進めようとしているようです。遥貴様の話では、楢崎先生から正式な推薦書類を渡されたそうです。立花さんの推薦に賛成のメンバーは署名をして楢崎先生に書類をお渡しするのだとか。遥貴様は転校生であることや鷲宮の生徒の見本として必要な振る舞いや知識が不足しているという理由で反対しているそうです。それから言われませんでしたが、私のことを考えて反対している、とは思います。推薦の話を聞いた時は遥貴様に近付いて欲しくない一心で反対していましたが、立花さんの推薦を破棄する為に動く遥貴様を見て、少し考えが変わりました。私が立花さんと一緒にいることも納得していないみたいですし、前回では考えられませんが、立花さんを少しばかり嫌っているようです。あんなに好きだった立花さんを、嫌っている遥貴様を見るのは不思議な気分。だからと言って、私を好きな訳でないのが残念ですけど。本当は、繰り返す前、立花さんが転校してくるまでは愛されてると錯覚してました。でも。立花さんを好きだという遥貴様の態度は、私に向けるものとは全然違って、それがとても苦しかった。立花さんと距離を取りつつも、好きだと公言した遥貴様には衝撃を覚えました。本当に好きな子には少し奥手で、デートにも誘えなくて。私が退学するまでのことしか知りませんが、放課後に一緒に過ごすことはなかったようです。だって、いつも私といたから。私に立花さんと仲良くするようにと説得する為に。彼女の良いところを沢山教えてくれましたが、憎しみが募っただけでした。それでも遥貴様を諦められなくて、今だって。ああ、嫌なことを思い出してしまった。でも、思い出すとますます立花さんは別人だと感じます。遥貴様が立花さんを好きにならないのもそういう所からきているのかしら。でも、何故立花さんだけが別人のように変わってしまったのかが分かりません。
五月十七日 金曜日 雨
意外なことに副会長の淳也様が反対されているとか。淳也様は昔から遥貴様のやることには取り敢えず反対するがモットーなので、まさか推薦を反対されるとは思いませんでしたが…。かなり強硬に反対されているらしいのですが、どこで立花さんとお会いしたのでしょう。まさかなんの理由もなく反対する方ではありませんし、客観的に考えるならば、常に忙しい生徒会に庶務を作るのはそんなに悪くないことです。少し気になって、立花さんにそれとなく聞いてみたんですが。部活見学の時に会っただけだと言われました。結局天文学部には入部しなかったそうですが、その時に何かあったんでしょうか。そういえば、前回も掛け持ちの中に天文学部がありました。確か淳也様に誘われて天文学部でご一緒に学ばれていたと記憶していますが、どうして今回は入部しなかったのかしら。話の流れで新聞部について聞くと、まだ部長には会えていないそうです。記事の担当も決まっていないらしいので、本格的に新聞部としての活動を始めるのはもう少し先になりそうですね。
五月十八日 土曜日 晴れ
理科教師の佐々木先生に、私に対して余所余所しい態度をとられました。一昨日の授業の時は普段通りでしたから、恐らく昨日か今日に楢崎先生に推薦人になるように頼まれたんでしょう。気の弱い方ですし、一応立花さんの教科担当ですから推薦理由も色々こじ付けられるでしょうし。佐々木先生が気に病む必要はないのですが、百合ちゃんがご立腹なんですよねえ。遥貴様もすぐに気が付いたようで、こちらも百合ちゃん程ではないにしろ不満そうです。前回では考えられない位遥貴様に気にして頂いて、私としては嬉しいので気にしていないのですけれど。
この学校で楢崎先生に頼まれて断れる教師は正直、殆どいません。彼のご実家の権力を考えるもの逆らえない人の方が多いでしょう。いくら鷲宮の教師とは言え、教育関係の家出ない限り、ある程度の家柄の人は教師の道を選ぶことは殆どありません。この学校でも例外は楢崎先生と理事長子息の平川先生くらいです。かと言って鷲宮の教師が一般家庭の人間かと言うとそれはそれで有り得ませんので、教師の中にも見えないヒエラルキーが存在するわけです。まあ教師という立場上、自分よりも家柄の良い子供に対しても強く言わねばならない時もあるわけで、殆どの教師の方はいちいち家柄だとか実家のことだとかを引き合いに出したりしませんし、例え出されても無視する程度の胆力はあるのですが、佐々木先生のように気が弱い方は家柄以前の問題で押しの強い楢崎先生に逆らえないようですね。平川先生が楢崎先生に味方しない限りは教師の推薦なんてあってないようなものですし、取り敢えずはほうっておきましょう。
五月十九日 日曜日 くもり
楢崎先生は外堀から埋めて、立花さんが断れない状況にしたいようですね。未だに立花さんに生徒会推薦の話がされていないのがその証拠です。立花さんの生徒会入りをどうやったら阻止出来るのでしょうか。生徒会の話は前回には全く出なかったので、対策の仕様もないですし、かと言ってこの件に私自身が介入し過ぎてしまうと立花さんがますます孤立してしまいます。百合ちゃんが立花さんの推薦が本格化するなら、私が対抗馬として推薦されてしまえばいいと言うんですが、それでは学園内のパワーバランスが崩れかねません。遥貴様の従兄弟である淳也様が生徒会にいるだけでもギリギリですのに、婚約者の私まで入ってしまえば反発もあるでしょう。折角、風紀委員を辞めたのに生徒会に入ってしまったら意味がありませんもの。もっとも、それだけが辞めた理由ではないし、前回はその元風紀委員の伝やコネを使って嫌がらせをすることもありましたので説得力に欠けますけど。前回のような失敗を犯さない為に、やり直し始めてから風紀の方々とは距離を置いています。一応私の意を汲んで、中等部の時に比べれば距離が離れたものの、大義名分があればすぐにでも元に戻りたいようです。立花さんのことは彼等に口実を与えかねません。
とにかく、私が反対しているということを表立ってアピールは出来ません。皆さん気付いてはおられるでしょうけど、私が推薦の邪魔をすることで立花さんに害意を示す方も増えてしまいます。一番良いのはこのまま遥貴様達が解決して下さることですが、このままでは風紀の介入は避けられませんね。彼等は私の意を汲み過ぎる面がありますから、注意しておかなければ。
五月二十日 月曜日 晴れ
今日は教室まで柿谷が会いに来ました。立花さんが入部した新聞部の部長であり、曲者が多いと言われる三年生の中でもトップクラスで変わっている方です。勿論、良い意味ですけど。高校一年生の時に新聞部の役職に就くまで風紀委員に在籍していたので、私もお世話になりましたが、わざわざ会いに来られたのは初めてです。私とは仲が良い方だったのですが、良くも悪くも新聞部らしい人で、なんというか、楽しいことの為なら何でもするタイプなので、遥貴様と犬猿の仲なのです。遥貴様は柿谷をそこまで嫌っているわけではないのですが、成績優秀で家柄も良い彼女のやることに文句を言える人は限られますから、必然的に遥貴様や私にお鉢が回ってくるわけです。口煩く注意されるのを柿谷は嫌いますから、遥貴様が苦手なのでしょう。私が嫌われていないのは、単に女だからです。女性が好きだと公言して憚らない彼女の周りには、常に彼女をお世話する女の子がいます。あの子達を上手く使って情報を得ているのですから、本当に食えない人です。
まあ、とにかく、私に会いに来ると遥貴様とも会うことになると、風紀委員でご一緒の時ですら余程の事情がない限り、教室には来ない方でしたから、とても驚きました。聞けば、立花さんについて知りたい、と。女の子というだけで無条件に受け入れると思っていたのですが、どうやらそうでもなさそうです。あの柿谷が心配するような噂が流れたのか、とんでもない情報でも掴んだんでしょうか。立花さんについて、本格的に風紀委員に探らせる必要があるかもしれませんね。表面的な情報に関しては新聞部として活動する彼女の方が詳しいと思うのですが、簡単に立花さんについて話しておきました。どうせ私の話す情報ではなく、私が立花さんをどう思っているかを知りたいのでしょうし。あわよくば記事にしようという魂胆が透けて見えます。別に記事にしても構いませんけど。
話が終わってから、少し気になって、柿谷からは立花さんがどんな人間に見えるのかを聞きました。巫山戯た所も多いですが、人を見る目には長けている人ですから。彼女は一言、自分を持っていない、私が大嫌いなタイプだね、と。ただし、有能であるなら新聞部として受け入れるのはやぶさかではないようです。柿谷らしいですが、新聞部で絶大な権力を誇る彼女に嫌われてしまえば、部の友人を作るのは難しいでしょう。それでは困るので、程々にお願いしますと頼んでおきました。理解したのかしていないのか分からない返事でしたが、恐らく大丈夫でしょう。私の頼みは殆ど断らない方ですし。